かわいいから仕方ない.2

    
    いや、やばい。滾る。超滾る。やばい。これはやばい。
    存在は知っていたけど、まさか本当にここに訪れる日が来ようとは……っ!!
    
    「~~~っwwwwwwwwwwwwww」
    
    思わず妹ちゃんに後ろから抱きついて腕を取り、意味もなくブンブンと上下に振った。
    ねぇわかる?お兄ちゃんの今の滾りようわかる?今のお兄ちゃんは言うなればそう、スターを取ったマリカーのマリオの
    如く!輝いてる?ねぇ俺輝いてる?
    
    「うん!嬉しそうだねお兄ちゃん!」
    
    もう言っている俺でさえ意味がわからないと思う言動に笑顔で答えてくれる妹ちゃんマジ天使!!
    この子は将来絶対HSK(ハイスペック彼女)になるんだろうなぁ。お願いだからお兄ちゃんみたいに偏屈で変わり者で
    おは朝信者な男に捕まらないでね!お兄ちゃんとの約束!
    
    「うるさいぞ高尾、とっとと妹と一緒にそのうさぎの横に並ぶのだよ」
    
    真ちゃんにせっつかれて、俺は妹ちゃんと店の入り口の横に立っているコック姿のうさぎの横に立った。
    携帯のカメラを構えている真ちゃんの方に視線を向けながら、持ち前の広い視野で周りの様子を窺う。
    
    店の前で案内を待っているほとんどが子供を連れたお母さんだ。
    ちらほらとお父さんも見えるが、皆何処か肩身が狭そうに縮こまっている。
    それはそうだろう。家族の付き合いという形でなければ、いやそうであったとしても、男である我が身を収めるにはここは
    色んな意味で窮屈過ぎた。
    
    お父さんという肩書があってもそうなのに、男子高校生である自分にはどれだけ敷居の高いことか。
    現に周りを見てみても高校生ほどの年頃の人物はどうやら自分達だけのようだ。偶々かも知れないけど、カップルすら
    見当たらない。
    
    ある程度覚悟はしていたが、やはり実際ここまでくると想像以上だ。俺は心の底から妹ちゃんに感謝した。
    今年6歳になる妹ちゃんがこの場にいなければ、流石の俺も尻尾を巻いて逃げ帰っていただろう。
    
    「ね、お兄ちゃん、中でいっぱい色んなもの売ってるよ!見に行こう?」
    
    うっはぁwwwwナイスアシスト妹ちゃん!!
    俺は妹ちゃんのおかげで、妹に手を引かれて仕方なく店内に足を踏み入れる兄という姿を見事確立させながら、そこに入った。
    ついでに真ちゃんの手も引っ張って巻き込む。
    レストランと併設されているそのショップは、さながら俺にとっては宝の山で。
    
    「~~~っ!!!!wwwwwwwwwwwwwwww」
    
    またもや妹ちゃんの手を取りブンブン振り出すというスター状態になった所で、真ちゃんに「いい加減やめてやれ」と頭を
    叩かれた。
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    「悪い真ちゃん、今日映画無理になった」
    
    俺が真ちゃんにそう電話をかけたのは、今朝のこと。
    
    二週間前、「次の休み映画見に行こうよ」と声をかけたのは俺からだった。
    今面白いと話題になっているそれは、色々あるジャンルの中でも俺と真ちゃんの好みが唯一重なるホラー作品で、デートに
    誘う恰好の口実だったのだ。
    真ちゃんも「それなら見に行く」と二つ返事で了解してくれて、今日がその待ちに待った休日だったのだが……。
    
    『何かあったのか?』
    「あーうん、母さんが会社に呼び出されてさ。なんかクレームあったとかで、休日出勤」
    
    俺の母さんは、バリバリのビジネスウーマンだ。
    代わりにと言ってはなんだが、父さんは本の翻訳という家でも出来る仕事をしていて、小さな頃から父親が家にいる家庭
    だったんだけども。
    それでも母さんは、出来るだけ家族との時間を大事にする人だった。
    今日だって本当なら妹ちゃんと二人で前から約束していた遊園地に行く予定だったのだ。
    
    因みに父さんも今日は会社の人と連れだって朝早くから趣味のゴルフに出かけている。
    母さんと妹ちゃんが遊園地へ、俺が真ちゃんと遊びに出掛けると言うので、じゃあ父さんも、と言った具合だ。
    
    だから、今ここにいない父さんは何も悪くない。
    勿論懸命に働いている母さんも悪くない。母さんだって遊園地を楽しみにしていたのだ。身支度をしながらブツブツと会社に
    対し呪詛を吐き続ける母の背中ほど怖いものはない、マジ。
    
    ただ1つ予定が狂って、それが芋蔓式に他の予定を狂わせてしまっただけであって。
    
    「謝罪一つにわざわざ現地まで行かなきゃいけないとか、オトナって大変だよなぁ」
    『そうか、大変だな。どこまで行かれるんだ?』
    「福岡だって」
    
    電話の向こうで真ちゃんが押し黙る。だよな。俺も「ないわ」って思った。
    だが「お客様は神様です」な企業にとっては、それが客の要望であれば北海道であれ沖縄であれ飛んでいかなくてはならない。
    それが社会だ。
    東京から福岡などとてもじゃないが、半日で行って帰って来れる距離じゃない。多分お客さんの所に行って何処にも寄り道
    せずに真っ直ぐ帰って来たとしても、夕飯に間に合うか間に合わないかの時間だろう。
    
    で、母さんの輝かしく満たされるはずだった休日が無情な電話一本で潰されたことによって、1人予定がぽっかりと空いて
    しまった子がいた。妹ちゃんだ。
    
    父さんはもう出かけてしまった後だし、今更呼び戻すのも気が引ける。それでなくても昨日の晩御飯の時に「久々のゴルフだ」と
    喜んでいたのに。
    そうなるとまだ6歳であるこの子を1人残して、遊びに行くというわけにはいかない。
    何より、いつも図ったかのように我儘を言うタイミングを見極めるあの子が、母さんのスカートの裾を引っ張って「どうしても
    お仕事行かなきゃダメ?」と言ったのだ。
    普段なら思っていても絶対口に出さないはずの妹ちゃんが思わずそう言ってしまうほど、きっと今日の遊園地を楽しみにして
    いたんだろうなと思うと。
    
    「今日は一日あの子についててあげようと思って。だから悪いんだけど、さ……」
    『気にすることはない。そういう事情なら致し方ないだろう。妹の傍にいてやれ』
    「うん、ごめんなーマジ」
    
    今日を逃すと、多分もうあの映画を見に行く時間はないだろう。
    「DVD出たら一緒に見ようぜ」と笑って通話を終わらせようとした時、部屋の扉がガチャッと開いた。
    そこからひょこりと顔を出したのは、妹ちゃんだ。
    
    「ん?」
    『どうした?』
    「あぁ、いやなんでもない。んじゃな真ちゃん、また―――」
    「ひな、ちゃんとお留守番できるよ!」
    
    俺がそう言って通話を終わらす前に、妹ちゃん―――陽成(ひな)が、パタパタと俺の傍へやって来て開口一番元気よくそう
    言った。
    
    「ひとりでも、お留守番できる!」
    
    俺の腕にひしとしがみついてそう訴えてくる陽成に、俺は思わずポカンと口を開けた。
    
    「だからね、お兄ちゃんは真ちゃんとおでかけしてきたらいいよ!」
    
    言われて、ハッとする。なんと言っていいかわからず「陽成……」と呟くと、陽成は殊更明るく笑った。
    だがそれでも、この可愛い妹を家に1人置いて、遊びに行けるわけがない。例えそうしたとしても、陽成のことが気になって
    気になって、とてもじゃないが映画なんかに集中出来るとは思えなかった。
    必死になって「だいじょうぶだから!」と言い募る陽成をどう言い包めるか考えていると、陽成は今度は何を思ったのか電話の
    向こう、真ちゃんに言葉を投げかけ始めた。
    
    「あのね真ちゃん、ひなひとりでお留守番できるからだいじょうぶ!だからお兄ちゃんとお出かけしてあげて?お兄ちゃん今日
    すごくたのしみにしてたんだよ!昨日の夜もずっとなに着ていこうかなやむぐっ」
    「わ、わー!わーーっ!ちょっ陽成っ、お兄ちゃんその気持ちだけで十分だよありがとうだからお願いやめてぇっ!!」
    
    陽成にはまだ難しいかも知れないけどそれ所謂一つの羞恥プレイって奴だからねっ!!
    慌てて陽成の口を塞ぐが、何を言いたいのかは向こうにばっちりはっきり聞こえてしまったようだ。
    小さく息を飲む声が聞こえて来て、一気にカァと顔が赤くなる。
    もうやだすっげぇ恥ずい……。俺そういうキャラじゃないのに……。
    
    「あー、アハハごめんな真ちゃん、ちょっと何も聞いてないことにしといて!」
    『無理だ』
    
    即答!?いやそこはちょっと俺の乙女な気持ちを汲んでよ!あ、乙女とか何俺気持ち悪……。
    目まぐるしく動く思考回路の中そんな軽口はポンポンと浮かぶ癖に、いざ言葉にしようとすると俺の口はただ無意味にパクパクと
    動くのみで。
    え、この事態どう収拾つければいいの?と内心頭を抱える中、ふと真ちゃんが口を開いた。
    
    『高尾、妹を連れて出かけるというのは駄目なのか』
    
    電話の向こうから聞こえてきた声に、「え?」と目を瞬かせる。
    
    「いや別に駄目じゃないけど……」
    
    チラリと陽成を見れば、父さん譲りのパッチリとした目を俺と同様にきょとんとさせていた。
    
    『なら妹も連れてくればいい』
    「え、え!?でも……」
    『無論映画は見れんが、あ』
    
    折角の休みなのに真ちゃんに子供の面倒見させるのも……と思っていた俺だったが、次の真ちゃんの一言でピシリと思考が固まった。
    
    『妹を連れてなら、入れるのではないか?"森のキッチン"』
    
    
    
    
    さて、"森のキッチン"と聞いてピンとくる人がどれだけいるだろうか。
    もっとも、正式名称で言えば大体の、特に女の子なら大体見当がつくと思う。
    
    
    "シルバニアファミリー 森のキッチン"
    
    
    恐らく日本で一番知名度の高いドールハウスと言っていいのではなかろうか。ご存知超有名女児向け玩具シルバニアファミリーで
    ある。
    そしてこの森のキッチンというのは、たくさん出ているお店シリーズの中の一つ……ではない。
    これは、実際にレストランとして実在する店の名前なのだ。
    
    
    初めて公式ホームページでそれを見た時は驚いた。こんなものが存在するのかと。
    わたウサギのお父さんがシェフを務める(という設定で作られている)そのレストランは、見事にシルバニア一色だった。まさに
    シルバニア好きにとっては堪らない空間だろう。
    
    ―――んでやっぱり実際堪らなかったさ!!入れなかったけどね!!
    
    そう、近くまで行ったことはあるのだ。別にそれが目的だったわけではないが、偶々その店が入っているショッピングモールへ
    来たから、ついでに覗いて行こうと思ったのだ。
    と言っても店の前までも行くことが出来ず、本当にレストラン街の入り口から遠目に見ただけだったが。
    だけどそれでもでっかいわたウサギが入り口にあったのは見えた。ショーウィンドウ越しにシルバニアの玩具が山積みになってた
    のは見えた。
    
    そして、理解した。
    
    
    あぁ、あそこには入れない、と。
    
    
    だって視界に入る人入る人皆お母さんと子供(と時々おとん)だけなんだもんよおおおおっ!!
    あ、でもその日は一組だけカップルがいた。彼氏はめっちゃ帰りたがってたけど。なんだお前そこ変われしいやでも俺の恋人は
    真ちゃんだけだもんなやっぱダメ!
    ともあれ俺はあの光景に、どうあっても覆せない壁を見た。どれだけ好きでも叶わないものはあるのだ。男女平等が叫ばれている
    昨今でも、多分こういうのはずっとなくならないもんなんだ。
    わかってるもん。別にいいもん。俺帰って真ちゃん仕様のお家作るし。それだけで全然いいし。
    
    
    
    
    ―――と、思っていた俺に差し込んだそれは一筋の光でした。因みに真ちゃんの言葉からここまでの考えは3秒間で頭を駆け
    抜けた。流石光。
    
    
    
    「……え、いいの?」
    『何がだ?別に俺は構わないが』
    「マジで?本当にいいの?付き合ってくれんの?マジで?あそこ一緒に行ってくれんの?二言はない?マジで?」
    『……とりあえず怖いから草を生やせ』
    「うひゃあああああああ!!wwwwwwwwwww真ちゃん大好きいいいいいいいいい!!!!wwwwwwwwww」
    
    うるさいのだよ!!と怒られても、俺は「好き真ちゃんマジ好き愛してるもう大好きいいいいい!!」と叫びまくった。
    これ夢じゃないよね!?現実だよね!?やばいテンション上がる!!マジ……行けるんだ、陽成と真ちゃんとで……っ!!
    
    確かに今までにも「陽成を連れていけば大丈夫なのではないか」、と考えたこともなくはない。陽成に頼めばきっと快く一緒に
    行ってくれるだろう。
    しかしそれでも、俺は踏ん切りがつかないでいた。
    母1人子1人はいても、父1人子1人はいなかった。つまりはまぁ、あそこは子供と居ようが妻と居ようが、男という存在である以上
    それだけで肩身が狭いのだ。
    
    だがもし、それが男二人に子供1人なら?それなら話は別ではないだろうか。
    何が変わるというわけではない。だが、心強さが変わる。旅は道連れだ。肩身の狭い場所に同じように居心地悪そうにしている
    人がいると、一気に親近感が沸いてなんとなく気持ちが軽くなるとかあんじゃん?あれと一緒だ。
    
    本当にいいの?と再三しつこく尋ねれば、真ちゃんは何をそこまで気にするというように呆れたため息を吐いた。
    
    『いいから早く妹に了承を得るのだよ。さっさと準備しないと、昼を過ぎてしまうぞ』
    「あ、うん!ちょっと待っててな!」
    
    真ちゃんに促されて、俺は一度携帯を離すと隣にいる陽成に目を向けた。
    陽成は先ほどからの俺の狂喜乱舞振りに若干体を引きながらも、クリクリとした目に不思議そうな色を泳がせてこちらを見ていた。
    
    「ね、陽成。お兄ちゃんと真ちゃんと、おでかけしない?」
    「おでかけ?」
    
    大きな目を更に丸くした陽成は、次の瞬間パァと花が咲いたように笑った。
    先ほどの「大丈夫」と繰り返していた時の笑顔とはまるで違う、本物の笑顔だ。
    
    「いいの!?ひな、お兄ちゃん達のおでかけについてっていいの!?」
    「ああ、真ちゃんがいいって言ってくれたんだ。それでな、陽成もいるならシルバニアのレストラン行こうって」
    「シルバニアのレストラン?」
    「そう。お兄ちゃんシルバニア好きじゃん?でもやっぱり男だけだとそういうとこ入りずらいんだ。だから、陽成が来てくれたら
    お兄ちゃんすごく嬉しいんだけどな」
    「!うん、ひな行く!」
    
    俺がそう言うと、陽成はコクコクと何度も頷いた。
    嬉しそうに笑う陽成の頭を数度撫でて、携帯を耳に寄せる。
    
    「真ちゃん、陽成行くって!」
    『わかった。じゃあ11時に駅で待ち合わせるのだよ』
    「オッケー!んじゃまた後でな!」
    
    通話を切って、携帯の時計で時間を確認する。9時30分。10時半過ぎに家を出れば駅には十分に間に合うから、支度はそこまで
    急がなくていいようだ。
    と、頭ではそうわかっていても、やはりのんびりとなんてしてられなくて。
    
    「よし陽成!おでかけの準備するぞー!」
    「わーい!おでかけー!」
    
    俺と陽成はバタバタと不必要に大きな足音を立てながら部屋から飛び出した。 
        

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