馬鹿が咲く季節

    そう言えば、と声を上げたのはユーリだった。
    
    「どうしたのよ青年」
    
    読んでいた資料から目をあげたレイヴンは、珍しく何か考え込むように眉を寄せているユーリにそう声をかけた。
    だがユーリは何もない空中を睨み付けたまま、レイヴンに気のない返事を返すだけだ。
    
    「ちょっとちょっとぉ、青年がそんなだとおっさんすっごく心配しちゃうじゃないの。何があったのよ」
    「んー?あぁいや、別に何があったとかってんじゃないんだけど…」
    
    返答らしい言葉は返ってきたものの、未だユーリの視線は宙に投げられたままで。
    こんなに見たまま「何か考えています」というようなユーリが珍しく、レイヴンは自分も未だ手にしたままだった資料を
    机に放り出した。
    悩み、というのではなさそうだったが、彼がこれほど気にかけるものに興味が湧いた。
    
    「なんか目の前でそんな風にされると気になっちゃうなぁ。どーしたのよー、おっさんに言ってみ?ん?」
    
    そう言って身を乗り出すとさすがにユーリもレイヴンへと視線を向けた。
    ユーリが少し悩んだ素振り、と言うよりなんて言ったものかと考えてるように見えて、レイヴンは急かすでもなく
    ただ彼の言葉を待つ。
    
    「…えと、今日なんかなかったっけ?」
    「今日?仕事は何も入ってないけど」
    「いやそうじゃなくて、こう…行事的な感じのがあったような……」
    
    なんだったか…とまたも考え込みだしたユーリに、レイヴンは少なからず驚いた。
    基本ユーリは淡白だ。
    今までバレンタインだとハロウィンだのとあったが、別にどうしてもやりたいといった素振りはなかった。
    言われて初めて気づいて、または知って、皆がやりたいならやるぞと言った風だったはずだ。
    
    嫌がるでもない、やると決まればある程度ちゃんと手もかける。
    バレンタインには大きなチョコケーキを作って女性人を喜ばせていたし、甘いものが苦手な自分には
    甘さ控え目というかほとんどないウイスキーボンボンをくれた。
    ちなみにとてもおいしく頂きました。いいだろう羨ましいだろうあげないけどね!(と皆に自慢したら酷い目にあった)
    
    まぁそんなことをやるぐらいなのだから、そういうお祭り騒ぎなどが嫌いではないのだと思う。
    けれどそれはユーリ本人がやろうといいだしたことではない。
    彼が自分で行事がどうのと言い出したことはなかったはずだ。
    
    一体どうしたのだろうかと思いつつ、とりあえず記憶を思い起こしてみる。
    
    (今日…っつったら、んーなんかあったかねぇ…)
    
    行事は地域毎に違えど、ユーリは下町育ち、つまりは帝都の人間だ。
    地方独特のものということはないだろう。
    何かあったか…と考えて、ふとあることが引っかかった。
    
    昔まだ騎士に成り立てだった頃、当時の先輩に最近出没している魔物を始末しに行くと言われついて行った先で、
    一人訳のわからない場所に置き去りにされたことがある。
    厄介な魔物だと聞いていたのでその時は相当焦ったのだが、少し経った後腹を抱えて笑いながら茂みから出てきた先輩達に
    問いただせば、全て嘘だと言われたのだ。
    
    
    『今日は嘘を吐いてもいい日だからな』
    
    悪びた様子もなくケロリとそういい放ったその先輩に軽く殺意を覚えたのは言うまでもない。
    
    (そんなこともあったっけねぇ)
    
    あれも確かこんなぐらいの時期だったような気がする。
    先輩はなんの日だから嘘を吐いていいと言っていたんだったか。
    そうだ、確か…。
    
    「エイプリルフールだから、って」
    「っ!!それだっ!!!!」
    「ふぇっ!?」
    
    レイヴンがボソリと呟いた言葉に、ユーリが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がる。
    思わずビクっ!と肩を震わせて何事かとユーリを見ると、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように
    キラキラと目を輝かせた彼がじっとレイヴンを見ていた。
    
    (…可愛い。って違う!!)
    
    いや可愛いが、可愛いが違う。
    
    「えっと青年、つかぬことお聞きしますがぁ……何企んでるの?」
    「あ?企むって人聞きの悪いこと言うなよ。折角ある行事なんだ。楽しまなきゃ損だろ?」
    「じゃあ何する気なのよー…」
    「それだ。折角人騙して許される日だもんな…。パァっと派手にしたいもんだが」
    
    ちょっと前に気づいてりゃ色々用意できたんだけど、と宣うユーリにレイヴンは乾いた笑みを浮かべるばかりだ。
    
    普段はパーティのいい兄貴分として皆の纏め役にまわっている彼だが、
    その実他人をからかって遊ぶのも好きだという一面も持っている。
    それは別に大事というものでもないのだが、中々に質が悪いものがあるので気を抜けない。
    
    「なんかいい案ねえかおっさん」
    「いい案っつわれてもねぇ。てかなんでそんな自然に俺様もやるみたいな流れになってるわけ?」
    「ここまで話してたらもう共犯だろ?」
    「えー、面倒くさーい」
    「なんでもいいからなんか考えろよ」
    
    こうなったら何を言っても聞き入れて貰えないだろう。
    それに面倒くさいが、嫌ではない。  
    レイヴンがそう思っているのをきっとユーリもわかっているのだ。
    ユーリはいやがる者に無理強いなどしたりするような人間でない。
    
    あれこれと悩んでいる風なユーリを見て、フと笑みがこぼれる。
    
    (共犯、か)
    
    悪くない響きだ、とレイヴンは思った。
    ユーリにこれといった意図などなかったのだろうけど、少しだけ彼の傍にいることを許された気がして嬉しくなる。
    
    だが、自分がユーリにその言葉を言って欲しいと思う時には、彼は決して言ってはくれないだろうともわかっていた。
    悲しいとは思わないが、少しだけ寂しいのは確かだ。
    
    だから共犯だと言ってくれるならば、ここは自分も頭を悩ますべきだろう、とレイヴンもあれこれと考えを巡らせる。
    あのメンバーにはちょっとやそっとのことではダメだ。
    なんせ色々、本当に色々なことを旅の中で経験し乗り越えてきている。
    確実に驚くようなこととなると、驚かすこちら側も骨が折れるものがあった。
    
    「何かあったら後が面倒だから、あの子達騙すのに関係のない人を使うのはやめた方がいいわね」
    「だな。じゃあ、レイヴンが騎士団に戻るらしい、とか?」
    「やーよそんなの!嘘でも嫌!ユーリが甘いもの食べれなくなった、でいいんじゃない?」
    「嘘でも嫌だな」
    
    つうよりそれはきっとあいつら信じないと思う、と言われレイヴンは確かになぁと思った。
    自分の騎士団のことにしろ、自分達二人の性格や考え方などパーティの面々は熟知している。
    ユーリが甘いもの食べれなくなったと言ったところで簡単には信じて貰えないだろう。
    レイヴンだってそう言われても、「また冗談ばっかり~」と相手にしないかも知れない。
    
    レイヴンはユーリをじっと見ながら、騙すなら話題はユーリ関係の方が効くだろうと思った。
    ユーリの身に何かが起こったとなると、あのメンツはじっとはしていないはずだ。
    だが問題は、ユーリの身に『何』を起こすか。
    
    ユーリは体つきこそほっそりしているが、並大抵の人間や魔物にひけをとることはないほどの腕を持っている。
    それこそギガントモンスターと今一人で対峙しているというぐらいでないと、焦りはしないだろう。
    
    そう、ここがポイントだ。
    
    ただ騙して信じさせて終わりでは何もならない。
    その嘘に焦り、または怒り恐怖などが付属し見ていて面白いと感じれるものでないと。
    嘘を信じて右往左往する姿がこちらとしては楽しいのだ。
    
    底意地の悪い行事だなと思いながら、レイヴンは笑った。
    
    「じゃあねー、俺とユーリが結婚します!なーんてどう?」
    
    確実に彼らが焦りそうなものと聞かれて、最初に浮かんだのはそれだった。
    ユーリに相手ができる。
    それはユーリに少なからず思いを寄せている彼らにとって、一番聞きたくない言葉だろう。
    レイヴンだってできれば聞きたくない。
    勿論ユーリがそれで幸せになれるのならしぶしぶ身を引きはするけれど。
    
    まぁだが
    
    (この案は、きっと青年には却下されるだろうなぁ…) 
    
    「お、いいじゃんそれ。じゃそれで」
    「ハハハやっぱダメだわよねぇ……って、え?」
    「え?って、おっさんが言ったんだろうが。よし、じゃあ今日一日おっさんとべったりしてりゃいいわけだ」
    「え、え、え、ちょ、ちょっと青年マジ!?そんな簡単に採用しちゃっていいわけ!?」
    
    馬鹿かおっさん、と一蹴されることを想定していたレイヴンは驚きに目を見開いた。
    しかもその後に続いた『おっさんとべったりしていればいい』という言葉も聞き間違いではないかと疑ってしまう。
    
    (え、じゃあこれ見よがしにユーリとべったべたしてあいつらに見せつけていいってこと?え、何それ何その天国…っ!!)
    
    「なんだよ嫌なのかよ」
    「いいや嫌じゃない嫌じゃないよっ。ただ青年がこうもあっさり乗っかってくるとは思わなかったから」
    「そうか?じゃ、早速行こうか、レイヴン?」
    
    クスリと笑ったユーリがするりと腕を絡めてくる。
    ギュッと繋がれた手は互いの指を絡ませ合う、いわゆる恋人つなぎというやつで、レイヴンはいつもは冷たいはずの心臓が
    今はドクドクと熱く脈打っているように感じた。
    
    ユーリの方を見ると、どこか楽しそうに笑っているのがわかる。
    
    (共犯者で恋人、か…)
    
    なんて特権なのだろうと思いながら、レイヴンはだらしなく顔を緩めた。
    嘘でも偽りでも、今日だけはユーリが自分だけの恋人なのだと思うと笑みが止まらない。
    
    そう、今日だけでも。
    
    明日皆に種明かしした時にされるであろう報復については忘却の彼方に吹き飛ばしながら、レイヴンは今幸せの絶頂にいた。
        

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