君が笑う、そして僕は強くなる 

    扉を開けて、まず目に入ってきたのはシーツの上に散らばった長い髪だった。
    
    ベッド脇に置かれたブーツは相変わらず脱ぎっぱなし状態で、騎士団で同じ部屋だった時分は何度脱いだ後はちゃんと揃えろと
    言ったかわからない。
    けれどそれは結局最後まで変わることなく、今でもその癖は直されてはいないようだった。
    あの頃の自分なら、いやほんの少し前の自分ならまだそれを見て怒ったのだろうか。
    考えても仕方ないことなのはわかっているが、ふとこういうことを考えてしまうのは成長している証拠だと思いたい。
    
    「ユーリ、寝るのならきちんと布団被って」
    
    彼のだらしなさにいちいち小言を言うことも最近ではなくなってきたが、やはり布団は被らないと風邪をひいてしまう。
    フレンは掛け布団をも敷布団と枕にしてしまっているユーリにそう声をかけた。
    
    「ん……寝てない」
    「そういうことはもっとはっきりとした声で言って貰いたいものだね」
    
    ベッドに寝転がっているユーリの髪を下敷きにしないように気をつけながら、フレンはベッドサイドに腰をかけた。
    ブーツを脱いで、きちんと揃える。
    ついでに横にあったユーリのものも揃えておいた。
    自分の隣に揃えられた靴を見て、フレンはどこか小さな優越感を覚えてしまう。
    
    一時期彼の旅に同行させて貰っていたから知っているのだ。
    仲間と共に宿で過ごす時は、彼がブーツをきちんと揃えてから寝ることに。
    
    「あ、悪ぃ」
    「いいよ。やっぱり、直ったわけじゃなかったみたいだね」
    
    クスリと笑ったフレンに、ユーリはふいっとそっぽを向いた。
    
    「……やっぱ、言ったってまだ子供な奴だっているんだ。下手なとこ見せられねえだろ」
    「うん。ユーリはそういう人だよね」
    
    だから皆に慕われる。
    パーティに加わって、ユーリが自分の仲間だと一遍の曇りもない瞳で言う人達を見て、そう思った。
    確かに裏切りもあったかも知れない。
    それでも帰ってきた。自分の罪を認め、受け入れ、そして向き合って、これからを歩くために。
    彼らをそうさせたのは他の誰でもない、ユーリだ。
    
    最後彼らと同行させてもらった時は、一層彼らのユーリに対する信頼感を感じれた。
    確かにユーリは自然体でいてもどこか人を惹きつけるところがある。
    けれどそれ以上に、意外というかなんというか、きちんと自分が背負うものに対しては様々なことに気をつけるところがあるのも
    事実だ。
    
    ブーツのことだってそうだろう。
    人に注意する前に自分から。
    自分をマネしてカロルやリタも同じことをやるようになってはいけないから。
    
    仲間に対する信頼と思いやり、そして仲間からの絶対的な信頼。
    ユーリはそう、本当の意味で『上に立てる人間』だ。
    
    「何笑ってんだよ」
    「いや、本当こっちに君みたいなのが欲しいなって思って」
    「そりゃ、きっとくそ生意気で手のかかるガキだろうな」
    「違いないね」
    
    笑いながら肯定してやると、無言で背中をバスッと叩かれた。
    別に力は入ってないから痛いことはない。
    
    わかっている。ユーリが騎士団に戻ってくることなどないことを。
    彼にはギルドがある。
    纏め上げているのは違う人物だが、ユーリがギルドにはなくてはならない人物であることに間違いはない。
    
    欲しい、とは思うが、これでいいのだ。
    自分たちのやるべきことは傍にいることではなく、自分ができることをやることだから。
    それこそ彼が救ってくれたこの世界は、まだまだこれからだ。
    この先きっと、彼と同じような目を持ったものも現れるだろう。
    その時にギルドより先に、こちらに来てもらえばいいだけの話だ。
    
    「もしいい子が入ってきたら自慢しに行ってあげるよ」
    「フン、言ってろ」
    
    ごろりと転がった拍子に、ユーリの髪がシーツの上で動く。
    フレンの方に顔を向けた彼は穏やかに笑っていた。
    
    「もしそんな奴がいたら手合わせさせろよ。こてんぱんに伸してやる」
    「アハハ、お願いするよ」
    
    幸せだと、そう感じる。
    分たれた道はもう交わることはない。
    別々の道を歩いて、共に歩くことはもうないのに、何故か隣に彼がいるような不思議な感覚を覚える時があった。
    
    いや、『いる』のだろう。
    見えないところで、交わらないところで、彼は確実に自分の肩を叩き背中を押してくれている。
    そしてそれは、彼にとっての自分も同じであればいいと思う。
    
    不意に自分の手に触れられた指に気づき、フレンがユーリの方を見ると、真っ直ぐで、でもどこか優しげで穏やかなアメジストの
    瞳とかちあった。
    ―――いつだって、彼に隠し事などできやしない。
    
    「…大丈夫だよ、フレン。お前なら大丈夫だ」
    
    ほら。そうやって君は、僕が欲しい言葉を欲しい時にくれるんだ。
    
    そっと頬に当てられた彼の手がとても温かくて、その温度を少しでも強く感じたくて目を閉じた。
    
    「頑張ってるのちゃんとわかってるよ。一つ一つ、形になってる。焦ることはない」
    「……うん」
    
    そうやってかけられる言葉が、どれだけ僕の力になっているのか彼はわかっているのだろうか。
    こうやって毎日机に積る書類をこなしても、その量と同じだけ今の世界が良くなるわけじゃない。
    わかってはいても、理解はできていても、心がついてこれなくなる時だってある。
    
    かつて尊敬していた人がこの世界に向けてしたことは、許されることではない。
    けれどフレンは彼を―――アレクセイを責めることなどできないと、できるような立場ではないと、団長という位についてから
    特に強く思うようになっていた。
    
    「ありがとう、ユーリ」
    「くだんねえことうだうだ考えてんなよ。お前らしくない」
    
    ピン、と額を指ではじかれる。
    そこそこの力が込められていたそれに思わずユーリを恨めしげに睨めば、彼はただいつも通りにバーカと笑った。
    
    アレクセイを責めることは、確かにできない。
    けれど、自分は彼と同じ道を歩みはしない。
    支えてくれる人がいる、それならばそれに応えるのが道理というものだろう。
    
    「お前は強いよ」
    「ハハ、どうだろう、ユーリには負けるかも。……でも、もしそうなら君がいるからだよ」
    「バーカ。……俺だって同じだよ」
    
    そう言って笑ってくれる彼が愛しくて、フレンは彼の唇にひとつキスを落とした。
    ちゅっと小さく音を立てて離れたそれはこれ以上深くはならない。
    
    「今日は駄目だからな」
    「はいはい。大人しく寝るよ」
    
    キスを落とした時に少し触れた髪は冷え切ってしまっていた。
    またろくに髪を乾かさずに横になっていたのだろう。
    風邪をひくから乾かせと、何度言ったらわかってくれるのだろうと思いつつ、そんな思いと裏腹に口元が緩むのを感じた。
    
    彼が取り繕うことない姿を見せてくれるのは、自分にだけだから。
    自分が彼に甘えるように、彼も自分に甘えてくれているのだと思えるのが嬉しくて。
    
    フレンはユーリの下敷きになっていた布団を引っ張りだすと、それは優しく二人を包んでくれた。
    どちらからともなく寄り添って、フレンがユーリの手を握ればユーリもそれに応えるように軽く握り返した
    
    「おやすみ、ユーリ」
    「おやすみ、フレン」
    
    
    言いようのない安心感と充足感に包まれて、二人は目を閉じた。
	

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