僕達男の娘 2

    あんなに玄関の扉を開くことを躊躇したことがあったろうか。いや、ない。
    家の前で誰からともなく互いの顔を見合わせて、あーあやっちまったよ外出ちまったよどうするよマジ大丈夫なのかよとそれぞれの
    目が言っているのを聞いた。
    
    あれから「お出かけするの?うふふいいじゃないきっといつもと景色が違うわよ」と母さんの賛同も得て、それぞれの靴を見繕って
    貰った。
    因みにこの時あぁ俺の面白いモノ好きは100%母さんからの遺伝だなと確信した。間違いない、絶対間違いない。
    
    靴は元々服とセットになって何足か届いていたようだ。
    本来はこの服にはこの靴という組み合わせがあったようだが、もう決まっているらしいモデルに合わせているらしく、この中で唯一
    降旗だけがそのままでも大丈夫だった。
    サイズの合わなかった俺達は、他の服とセットで来ていた靴の中からサイズが合う物を選んだ。
    
    降旗は茶色のブーツ。脛まで覆うぐらいの長さで、編み上げだ。
    黒子は焦げ茶色の「スエードのオックスフォードパンプス」だそうだ。よく見かけるけど、そんな名前だったなんて初めて知った。へぇ。
    俺は黒の折り返しロングブーツ。ソフトレザー?っていうの?なんかそんな生地を使ってるとか言ってたけどよくわからない。
    ヒールは俺が一番高い、後の二人はちょっと踵が高いかな、というぐらいだ。
    なんだか履きなれない感触に、意味もなくその場で足踏みしてしまう。
    ていうか俺今身長180超えてんじゃね?憧れの180の景色をこんな形で見ることになるとは思わなかったけど。
    
    「あ、でもコート……」
    「あるわよ。えっと黒子君のこの服のは……これねっ」
    
    コートまで完璧らしい。なんという全身コーデ。本当に上から下までなんだな。
    
    だが流石にそのセットの中に鞄は入ってなかったようで、適当なショップの紙袋を貰ってそこに財布と携帯だけ放り込んだ。
    さて行きますかと三人で靴の踵を鳴らしながらショッピングモールへと向かう。
    
    「うわぁなんか……俺ら今マジ女の子の恰好してんだな……」
    
    自然潜めた声で二人に話しかけると、苦笑ともなんとも言えない微妙な表情が返ってきた。
    ヒールのカツカツ音なんて自分で出す日が来ると思わなかったなぁ。
    
    勿論スカートなんてものを履いてるわけだから、それを意識してか自然と歩き方も若干いつもとは変わっていて、なんだか変な感じだ。
    
    「ちょっと声とかも意識すべきですかね」
    「まぁ、普通の声で喋ってたら一発で男だってわかるだろうし」
    「こんな感じですか?」
    「~~~っwwwwwww」
    「……もうなんかオレいっそ黒子が怖いよ。なんでそんなに違和感ないのお前」
    「出せうる限りの裏声ですが」
    
    裏声で喋る黒子は、もう間違いなく女の子だった。
    てかそんなこといきなりやらないで!!危うくいつもみたいにゲラゲラ笑いするところだったっしょ!!
    俺はこみ上げてくる笑いを手で口を押さえることでなんとか耐えながら、もう片方の手で黒子の肩をバシンと叩いた。痛いですと文句を
    言われるが俺はそれどころじゃない。
    あーやばい。笑えないって辛い。
    
    「降旗君、じゃダメですよね……えーと、フリもやってみたらどうですか?」
    「え!?あ……あーあー、あー、えっとー、あー、こんな感じ、かな?」
    「フリも違和感ないですよ」
    「そ、そう?なんか……自分ではすごく気持ち悪いんだけど……」
    
    大丈夫かなこれ、と不安そうに眉をへにゃっとさせる降旗に、俺と黒子は声を揃えて「萌え」とグッドサインを送った。
    いや今のは点数高いよ。上目遣い頂きました。いつも自分よりでかい奴らに囲まれてるからされることとかあんまないんだけど、いや
    いいもんだね上目遣い。
    
    「じゃあ次は高尾君、じゃなくて」
    「私の事は和葉でいいよん♪」
    「もうなんかそのなりきり度にいっそ腹立たしさを覚えるんですが。このぶりっこめ♪」
    「黒子も人の事言えないと思うよ……」
    
    無表情でぶっりこ声を放つ黒子はドス黒子様でした。なんか今黒子が男で良かったっていう意味のわからない安堵を覚えたよ俺。
    
    そんな感じで出来る限り裏声を使って声を潜めて、だけどやっぱりいつもよりテンション高めに文字通りキャッキャとしているうちに
    あっという間にショッピングモールの入り口までやってきた。。
    近づく毎に段々と人通りも増えていって、俺達は他人の視線というものに普段より敏感になりながら進んでいく。
    降旗に途中で「ねぇやっぱり止めた方がよくない?」と袖を掴まれたけど、萌えただけだった。黒子にスマホのカメラを向けられて
    「撮らないで!」ってぺしぺしやってた。
    大丈夫、どう見ても女の子同士のじゃれ合いだったから。寧ろ違和感仕事しろ。
    
    「大丈夫だってー」
    「何その根拠のない確信っ」
    「いや?根拠なくはないぜ?」
    
    証拠に、俺の視界に入る見知らぬ通行者の中に、俺達を訝しげな目で見ている奴はいない。
    時々ちらっと振り返る人はいたが、どれもせいぜい「背の高い3人組だなぁ」といった顔だ。
    まぁ一番背の低い黒子でさえ、今はヒールのおかげで170を超えている。俺に至っては180だし。逆に目立つなという方が無理な話だろう。
    
    「堂々と歩いてりゃばれねぇって」
    
    俺がそう言って笑えば、降旗は渋々頷いた。
    それでもやはり不安なのか隣の黒子の袖をきゅっと握っている。可愛い。
    
    モールに着いた俺達はとりあえず一番近くにあったショップへと入った。
    そこは所謂ファンシーショップと呼ばれる類のもので、普段の俺達なら絶対足を踏み入れないだろうところだ。
    
    ピンクと白で甘く色づいた店内に降旗と黒子は少し尻ごみしていたが、俺は一人の時ならまだしも妹ちゃんとはよく来るので多少免疫は
    ある。
    ついでに妹ちゃんに何かお土産でも買って帰るかなぁと店内をさくさくと歩いて行く俺に、二人がちょこちょこと後をついてきていた。
    暫く店内を見回っていると少し慣れてきたのか、二人から「これは?」「こっちは?」と商品を指されるようになって、三人で商品を
    代わる代わる手に取ってみる。
    
    「んー、来年から中学生っていうの意識してるのか、あんまり子供っぽいもの持ちたがらなくなってさぁ」
    「年頃ですからね。何か欲しがってたものとかないんですか?」
    「あ、定期券入れ欲しいって言ってたんだ。あの子中学は電車通学だから」
    「定期入れ、あっこれいいんじゃない?」
    
    そう降旗が手に取った定期入れは赤と白のチェックに右端にワンポイントでピンクのハート模様が一つ刺繍されたものだった。
    他のものも見てみたが、結局それが一番妹ちゃんに合うと思ったのでそれを購入する。
    あーいつまでお兄ちゃんのプレゼント笑って受け取ってくれんのかなぁ。いつまでもお兄ちゃん大好きっ子でいて欲しいなぁ。
    
    「まぁ高校生までじゃないですか」
    
    そんな俺の淡い思いは黒子の容赦のない言葉でへし折られた。何だよちょっとは夢見させてくれよ!
    
    
    まぁこんな感じで普段入らない、入れないようなショップに足を向けつつ、30分ほど経った頃には俺達はすっかり人の中にいることに
    慣れてしまった。
    慣れって怖い。レディースファッションのショップに入ってももう違和感感じないもん。
    しかし俺達は元は男であって、どんなにショップに入ることに躊躇いを無くしてもその中で見る商品というのはあまりない。
    今回一度きりの男の娘への変貌であって、普段使うことのない女性用の服や小物には目がいくことはないからだ。
    可愛いとか、綺麗だなぁ、珍しいなぁと思うことはあっても用途がないから仕方ない。
    
    幾つかのショップをはしごして、そのままのノリでその隣の下着売り場に入ろうとしたら降旗に全力で止められた。
    因みに黒子はミスディレ使って普通に入ってた。普通にブラジャー手に取ってた。ちょっとお前バストAもないだろ何大きいサイズコーナー
    行ってんのこの欲張りさんめ!
    「いや大きいサイズは可愛いものが少ないと聞くので本当かなと思って」というのは黒子の言である。絶対嘘だねっ。お前大きいブラ触って
    みたかっただけだろ!
    
    「もうなんで、二人ともそんな平気なの……!?」
    
    仕舞いに羞恥からか半泣きになってきた降旗に謝りつつ、俺達はそそくさとそこから離れたのである。
    
    
    
    
    「あ、なぁプリクラ撮ろうぜプリクラ!」
    
    大半のショップも回り終えてさてどうしようとなった俺達の目に入ったのはゲーセンだった。
    ゲーセン=女の子=プリクラ、という図式が瞬時に俺の頭の中に浮かび上がる。
    俺は可愛い妹がいるってことで他の男子高校生よりかは女の子の物に詳しかったりファンシーなものに免疫があったりしたが、実はプリクラは
    一回も撮ったことがなかった。
    妹ちゃんはプリクラがあまり好きではないようで、一緒に撮ろうと誘っても断られてしまうのだ。
    
    そうなると、今や男子禁制となってしまったプリントクラブコーナーに足を向ける術はなくなるということで。
    俺の記憶にあるのは一枚の画像が小さくシールになって20枚ほど出てくるもので、勿論落書きなんて機能はその時代にはなかった。
    
    今撮らないでいつ撮る!?ということだ。だって多分これを逃したら一生ないじゃん。
    彼女作れよという声が聞こえる気がするが、まぁそこはあれだ、彼女“は”いないんだよねぇというところであって。
    つまり、そういうことだ。
    
    「いいんじゃないですか?撮りましょうよ」
    
    黒子も俺と同意見なのか二つ返事で頷いた。
    渋っているのは降旗だ。今の自分の姿を形に残すことに抵抗があるらしい。
    まぁ確かに我に返った時に見たらビリビリに破りたくなるかも知れないけれど、そうしたくなったらなった時にすればいいし。
    
    「一回やってみといて損はねぇと思うけど?」
    
    俺が「プリクラという物を体験する為」というのを強く推して見れば、降旗は少し迷った後コクリと頷いた。
    
    よし!じゃあ行ってみようか!
    でも多分俺もこのプリクラは机の奥の引きだしに封印すると思うけど。黒歴史は誰にだってあるもんだしな。
    
    ガヤガヤとしたゲーセンはいつも入っているというのに、格好が違うからかなんだか新鮮に感じた。
    いつもは真っ先に向かうクレーンゲームを素通りし、今の目当てであるプリクラコーナーに真っ直ぐと向かう。
    休日だしもうちょっと賑わっているかと思ったが時間帯がもう夕方近くであるからか、他の所はまだしもプリクラは割と空いていた。
    色々な機種が並んでいるが当たり前に俺達に違いがわかるはずもなく、近場にあった適当な機械に潜り込む。
    
    「うわやべぇテンション上がるっ」
    
    初めて入ったプリクラに色々と感動しながら、鞄代わりの紙袋を足元に置き財布から100円硬貨を一枚取り出す。
    
    「あれ、400円なのか」
    「そうなの?あ、ごめんオレ今100円玉この一枚しかないや」
    「すいません僕も……」
    「お、じゃあ俺がもう100円入れるな」
    
    昔は300円だったよなー、ですよねぇ、なんて話をしながら100円玉を全て入れ終わると、タッチパネルの画面が自分に触れてモードを選べと
    せっついてくる。
    モードなんて言われてもわからないので、全部オススメと後真ん中にあったものを選んだ。色白とかなんだよ、そんなものまで選べるわけ?
    
    その後もなんか背景を選べとかなんだら言われてその都度「え、何にする?」「なんでもいいです」「わかんないから任せる」「あ、時間が
    ねぇこれでいっか!」ということを繰り返した。
    全身ポーズとか言われた時はそんなものがあるのかと3人で驚いて、とりあえず黒子を中心にして俺はその肩に手を置いて片足上げて
    キャピっといた。やべぇ出来が楽しみすぎるんだけど。
    黒子は無表情にキラッとしていて、降旗は無難に控えめピース。だけど手の位置はいつもと違い顔の近くにあってあぁやっぱりファッション
    というのは偉大だなぁと思う。
    
    始終あたふたとしながらも全て撮り終えて、落書きコーナーに進めという指示にしたがい隣に併設されているそこへと向かった。
    こういうのが得意な俺とは違い黒子と降旗にもうわからないので全てお任せしますとか言われたが、とりあえずまぁ二か所あることだし
    そっちでなんか書いとけってなんでもいいからと黒子にペンを握らせた。
    スタンプ押したり文字書いたり無意味にデコデコさせたり顔に落書きしたり、制限時間あるとか言ってた割に実はフリータイムがあります
    とか言われたり、よくわからなかったが初めて撮るプリクラは結構面白かった。
    うーんこれは集まったらとりあえずプリクラという女の子の考えがわからなくもないなぁと思う。
    
    出来あがったプリクラを見てみると、黒子が落書きした写真にちゃっかり「全員彼氏持ち~♪」と書かれていて思わずちょwwおまwww
    と吹いた。
    
    「ほいよ、降旗の分ね」
    「ありがと。うわ、目でか……」
    「プリクラの補正ってすごいんですね」
    「てか俺どんだけ目でかくなんのwwwもうこれ俺の面影ねぇんだけどwww」
    
    備え付けられたハサミでプリクラを三分割して各々に渡すと、皆しみじみとそれに目を落とした。
    いやすごいわー。プリクラっていつの間にこんなに進化したの。何なのこの進化は。誰得なの。
    
    でもまぁ、良い思い出になったねーってことで、とそれを紙袋に放り込むと俺達はプリクラコーナーから出た。
    あ、なんか空気が軽い気がする。やっぱりプリクラは聖域なのかもなぁ、と思いながらもう二度と来ないであろうそこからまたもや
    そそくさと離れた。
    
    
    
    
    
    
    「次どうする?」
    
    降旗の言葉に、俺と黒子はどうしようかと視線を合わせた。
    
    とりあえずゲーセンからは出たものの、これといってもうすることはない。
    時計を見るともう17時を回っていて、子供連れの多いこのショッピングモールは来た時よりも随分と閑散としたものになっていた。
    
    「夕飯食ってく?」
    「マジバのシェイク飲みたいです」
    「黒子本当好きなー。ここってマジバ入ってたっけ?」
    「入ってる入ってる。じゃあマジバ行くか」
    
    目的も決まったことだしと歩きだそうとした時、「ねぇお姉さん達!」と呼び止められた。
    反射的に振り返ってしまってあれ俺お姉さんじゃなくね?あ、でも今はお姉さんって格好なのか、と一瞬混乱する。
    黒子も同じように足を止めたもののきょとんとしていて、降旗に至っては全く自分のことと思ってないのかさっさか歩いて行こうと
    していた。
    
    「ねぇ、お姉さん達今からどっか夕飯食べに行ったりする?」
    
    歩いてきた3人組の男の中の一人が、俺の前にいた黒子に話しかける。
    さすがに降旗も足を止めて、知らない男達に首を傾げた。
    
    「あの……」
    
    話しかけられた黒子が困ったように呟いて、これなんですかという風に俺を振り返った。
    隣の降旗も不安そうにこちらに近寄ってきて俺を見上げている。
    
    俺はというと、ごめんちょっと―――噴き出すの、堪えるの精一杯で……何も、喋れな……っ!!!!!ブフォwwww
    
    「あぁごめんねいきなり、ビックリした?」
    
    
    
    ビックリつか……いやこれは……まさかの……っ、
    
    ―――ナンパ、とか言う奴ですかねこれはっ!!!!!ナンパっ!!!!!!ナンパだよねこれねっ!!!!!!!
    母さん俺ナンパされたよっ!!!!!!!!
    
    
    
    もう俺は内心で渦巻く笑いのハリケーンを外に出さないので必死だった。
    やばい吹く。マジ吹く。ウケる。生まれて来てこの方男にナンパされる日が来るとは一欠けらも想像してなかったよ!
    
    何も言えないままちらりと降旗に目をやると、降旗はこちらを見て、少し呆れたような目をした。
    きっと内心笑いを必死こいて耐えてますというのが自分の表情から伝わったからだろう。
    いやぁだってこんなの、笑うっしょ!大笑いだよ!
    もう大笑いしながら息も絶え絶えに「あぁ、あの、お兄さん達、俺ら男だけどねブッハァwwwwwwwwwww」と笑い散らかして
    やりたいわ本当。
    
    黒子もそんな俺の気配がわかったのか、フォローはしてもらえないと悟ったようだ。
    とりあえずナンパされてもほいほい着いて行くわけにはいかないので、いつも通り丁重にお断りしようと黒子は口を開いた。
    
    「あの、すいませんが……私達これから帰るところなんで」
    「えー嘘ーっ!?今マジバ行くとか言ってなかった?」
    
    聞いてたのかよこんちくしょう、と黒子が毒づいた声が聞こえた気がした。
    にしても、なんかチャラチャラした男だな、と多少復活した頭で思う。
    改めて男3人を視界に入れてみれば、なるほどナンパ好きそうな顔をしている。いやもう大好きなんだろうな。そんな顔してるもん。
    大学生ぐらいだろうか。黒髪は一人もいない。皆金やら茶に染めた髪をアクティブに踊らせている。
    
    だがそんな時間をかけて施し作ったものよりも、元の良すぎる男達を知っている俺らから見たらまぁなんていうの、そういう時期も
    あるよね!って感じだ。
    
    「本当にちょっと寄って帰るだけなんで」
    「いいじゃん食べて帰ったら!俺らもね、マジバ行くとこだったんだ。よかったら一緒にどう?奢るよ?」
    
    黒子に話しかけている男はニコニコと人当たりの良さそうな顔を浮かべているが、その下に浮かべている顔も俺には見えた。
    そして多分人間観察が趣味な黒子にもそれは見えたのだろう。ちらりとこちらを向いた顔には無表情の中にも侮蔑の色があった。
    それは降旗も同じだ。
    これは幾ら話しても時間の無駄だろう、と考え俺は止めていた足を進めた。
    二人も俺と同じ考えなようで「結構です」「それじゃあ」と続いて踵を返した。
    
    「ちょっと待ってって!」
    「……っ!」
    
    後ろで聞こえた黒子の少し息をのんだような声に、ハッと振り返った。
    見れば黒子に話しかけていた男が、今は黒子の腕を掴んでいる。
    思ってたよりしつこいやつだ、と俺は内心舌打ちした。
    
    「行かないって言ってるでしょ?その子離してよ」
    
    全くさっきまで楽しい気持ちだったのにぶち壊しだ。
    ナンパするなとは言わないけど、ちょっとは人と状況見て声かけろっつうの。
    しかも初っ端から女の子の腕掴むとかマジ最低。まぁ黒子は男だけど。
    
    「連れないこと言わないで付き合ってよ~」
    
    うわぁ気持ち悪っ!!見知らぬ男に猫撫で声で話しかけられると気持ち悪い。よし、覚えとくわ。俺絶対女の子にそんなことしない。
    
    「行きません。離して下さい」
    「そんなこと言わずにさっ!」
    
    あぁもうマジうざい!!って顔した黒子がグッと掴まれてない方の手に力を込める。
    降旗はもうイグナイトかましてやれよ、って顔してた。俺もそう思ってるけどな。
    でもまぁ暴力はあんまり良くない。俺達スポーツマンだし。
    
    どうにか丁重にお引き取り願えないかなぁと俺が頭を回転させていると、不意に男達の空気が変わった。
    
    「っていうかさぁ、俺達が『お誘い』してる間に頷いた方が懸命だと思うけど?」
    
    しつこいとか面倒もそうだけど、それにヤバイもつけ加えていい奴らしい。
    
    もうどう考えても脅しだ。
    俺達の顔が自然と曇る。これはさすがに迷ってる暇はない、すぐにでも実力行使してここから逃げるべきだ、と俺が黒子の腕を掴んで
    いる男に近づいた時だった。
    
    「何してんだあんた達」
    
    かけられた声は、聞き覚えのあるものだった。
    え?と思ってその声がした方を振り返る。黒子の顔はいつもの無表情を取り去って驚きに満ちていた。
    
    視線の先に今思い浮かべていた男と―――え、なんでお前そいつと一緒にいるわけ?超異色コンビじゃね?
    
    赤黒い髪の男と、もう一人、目立つ緑色の髪の男はさっきまで俺達がいたゲーセンの前にいた。
    さっきの声は赤黒い髪の男の方だ。
    
    「あ?なんだよお前ら」
    
    男達がそう言いながらも、若干引け腰になっているのは仕方ない。
    どちらも190を超えた大男なのだ。しかもスポーツをやっているおかげで体格もしっかりしている。
    目の前のヘラヘラとした軟弱な男達が敵うとは思えない。
    
    そんな二人組、しかもどちらも色男ならこんな時普通の女の子なら歓喜するのだろう。
    だが俺達にとっては第二の脅威だ。いや寧ろナンパ男がスライムならあの二人はゾーマだ。闇ゾーマだ。
    マズい。非常にマズい。
    どうしよう、なぁこれマズくね?と黒子の方を見ると、奴はさっきの驚きとは打って変わってうっとりキラキラした目を赤黒い髪の男に
    向けていた。
    
    ……ね、そうだよねー、うん、ピンチに駆けつけてくれる彼氏ってステキねー。
    
    ―――そういう俺もちょっとドキッとしちゃったんだけどね!!だってこれあれじゃね?運命なのだよ!って奴!?
    
    「火神に緑間!?なんでここに……」
    
    小さく呟いた降旗の声は幸いにも二人には届かなかったようだった。降旗も途中でハッとしたのか慌てて口元を押さえている。
    
    はい、降旗の仰る通りです。火神に真ちゃんです。勿論俺の彼氏が真ちゃんで黒子の彼氏が火神だぜ!
    もういいや。マズいけどいいや。俺も黒子と同じ目しちゃう。だってこんな偶然ってない。やばいきゅんきゅんする。
    
    「その人達嫌がってんじゃねぇの?」
    「はい、嫌がってます」
    
    黒子が間髪入れずに答えた。
    いや、お前どんだけ助けて欲しいんだよ。それあれだろ、ただ火神の格好いいとこ見たいだけだろ。
    だが黒子がそう答えたことで、火神の眉が少し上がった。
    
    「やっぱ嫌がってんじゃん」
    
    見た目通り正義感の強いらしい火神は、眉間に皺を寄せて男達を睨みつけている。
    真ちゃんは後ろで「余計なことに首を突っ込んで……」という態度だ。だが同じように男達を睨みつけているのは、やはりこういうのが
    許せる性質じゃないからだろう。
    
    「だとしてもお前らには関係ねぇだろ!?」
    
    ナンパ男が叫んだと同時に、黒子の腕を掴む手に力が籠ったらしい。
    少し顔を歪ませた黒子を見て俺は慌てて黒子から男を引き剥がそうと男の腕を掴む。
    
    「てかいつまで掴んでんの?離せって言ったっしょ」
    
    ギロリと睨んでやると、大きくなってしまった俺の目ではどれほどの威力になったのかわからないが男はグッと押し黙って、黒子の腕を
    離した。
    それと同時に俺の手を大きく振り払いやがったせいで、俺は少しだけ後ろによろける。
    いつも通り踏ん張ろうとして、だけどいつもは履いてないヒールに逆に足を取られた。
    
    やばいこける、と思った時にがしっと腕を掴まれ思いっきり引きよせられる。
    
    「……っ!」
    「おい、大丈夫か」
    
    俺を支えてくれたのは真ちゃんだった。
    ついいつもの調子でサンキュと言いそうになって、慌てて口を噤む。
    
    「あ、ありがとう」
    「あぁ」
    
    あぁもうやばい真ちゃんマジ紳士なんだからっ!
    
    それに比べて、と俺は男共に目をやった。
    普通女の子あんな力いっぱい振り払うかよ!?いや女じゃねぇけど、お前は女だと思って声かけてきたんっしょ!?
    もうマジこいつ最低!!と睨むと、男共に「ケッ!でか女がっ!」と悪態を吐かれる。
    ……別に女じゃねぇけどよ、なんで勝手に声かけてきやがったあげく勝手にナンパに失敗して勝手な負け犬の遠吠えでそんなことを
    言われなきゃなんないわけ。
    
    なんていうか、もう腹立った!何か言い返してやらなきゃ気が済まん!
    
    「別に俺にはこの人が特別でかいとは思わんが。お前が小さいだけじゃないか?」
    
    自分が女の恰好してることも忘れて俺が口を開くより先に、真ちゃんが男共にそう言った。
    思わず真ちゃんを見上げると、真ちゃんは涼しい顔で俺の隣にただ立っているだけで。
    だがそれだけのことが、今の言葉を数倍の威力にする力があるのは確かだった。
    
    真ちゃんの身長は195だ。
    ヒールを足して180を超えているであろう俺の横に立ってもおかしくない。逆に違和感がない、丁度いいぐらいの身長さだ。
    
    俺達が男共の目にはどう見えたのか。きっとお似合いに見えたんだろう。当たり前だけどね!
    再びグッと詰まったかと思うと、汚らしく舌打ちを打ちながらさっさと逃げて行った。
    
    「大丈夫か……っスか」
    
    火神の問いかけに、黒子が小さくコクリと頷く。
    今日の中で一番女の子らしい可愛い仕草だ。やばいあいつ多分今マジ心乙女だよ。
    
    まぁかく言う俺も黒子のことを笑えないが。
    でも真ちゃんはあんな優しく言葉をかける性格ではないので、問いかけに答えるとかはないけど。
    
    「あの、ありがとう」
    
    その代わりニコリと笑ってお礼を言う。
    多分今日一番の笑顔だ。内から滲み出ているものが自分でもわかるもん。
    
    降旗はそんな俺と黒子にただ小さく苦笑してた。
    その顔は「お前らこの状況のヤバさわかってんの?」だ。
    勿論わかっている。ヤバい。こいつらは闇ゾーマだ。
    俺達の正体がバレる前にさっさと離れた方がいいのはわかっている。わかっているが、もう少しいつもと違う真ちゃんの隣という所に
    立ってみていたかった。
    
    だが向こうは何やら用事があるらしく、火神が「緑間、行くぞ」と声をかけている。
    
    あぁ、もう行ってしまうのか、残念だ。
    黒子も同じような顔をしていたが、まぁ自分達にも都合のいいことではあるので仕方ない。
    じゃあと真ちゃんに声をかけようとして、その真ちゃんが何か見つめていることに気付いてその視線を追った。
    
    「おい緑間諦めろって。あいつもう来てんだろ?」
    「あぁ、わかっている」
    
    真ちゃんの視線の先、それはクレーンゲームだった。
    俺が得意なタイプの奴で大体500円もあればどんなものでも取れる自信がある。
    
    景品は象のぬいぐるみだった。
    真ちゃん家のサファリパークのようになっているラッキーアイテムコーナーを思い出してみるが、あぁそういや象はいなかったっけか。
    
    「ねぇ、アレ欲しいの?」
    
    俺がクレーンゲームを指差して真ちゃんに聞くと、真ちゃんは少し驚いたようにこちらを見て「いや」と首を振った。
    
    「もし欲しいなら俺……じゃない、私あれ得意だから取れるよ?」
    
    そう言った俺に、真ちゃんが目を瞬かせた。
    これはあれだ―――期待の目だ。
    
    この目をされれば、それに背くなんてことは俺は出来ない。
    
    「助けて貰ったお礼。すぐ済むから、ちょっと待ってて」
    
    降旗と黒子に目をやると、仕方ないというように笑ってひらひらと手を振られた。
    
    「さて、と」
    
    クレーンゲームに近寄ると、財布を取りだした。
    折り畳み式のそれは小銭入れはガマ口になっている。それをぱかりと開いて、あぁそうだった100円さっき使っちまったんだっけ。
    仕方ない両替を、と思って顔を上げれば、目の前にすっと手を差し出された。
    
    テーピングで巻かれたそれは誰のものかなんて聞くまでもなく、その掌の上には500円玉が乗っていた。
    
    「使え」
    「え、でも……」
    「取って貰うだけで十分だ。金まで出して貰うわけにはいかないのだよ」
    
    そう言ってずいっと差し出してくる500円玉を、じゃあ遠慮なく、と使わせて貰うことにした。
    
    一回100円のこのゲームは、500円入れると6回プレイが出来る。
    ざっと景品の位置を確認しても、どれを取るにしてもそれだけあれば十分だ。このゲーセンには何度となく来てるし、アームの加減も
    知っている。
    
    「どれがいい?」
    「どれでもいい。色はさして気にしない」
    「そ?じゃああの緑の奴ね」
    
    色とりどりの象がひしめき合う中、俺は緑色の笑顔の象に狙いを定めるとペロリと唇を舐めた。
    そんな俺を真ちゃんが隣で少し不思議そうに見ていたことに俺は気付かなかった。
    
    
    
    
    
    
    緑の象を片手に上手いものだなと言う真ちゃんなりの讃辞の言葉を聞いて、いつも取ってあげてるでしょーがとからかいたいのをグッと
    堪えた。
    代わりに一つ笑ってから、自分の手の中にあるオレンジの象を撫でた。
    
    500円で6回のチャレンジ。戦利品は全部で二つだった。
    緑の象をそうそうにゲットしつつも、6回と決められていたので、とりあえず一番簡単そうなのを狙えばこちらもコロリと取れてしまったのだ。
    受け口から二つ目の象を取りだした真ちゃんが「やる」と言って俺の腕に押しつけてきたので、俺は遠慮なく「じゃあ貰う」と
    受け取ったのである。
    
    「ありがとうね」
    「取ったのはお前なのだよ」
    「そうだけど、お金は……あ、貴方のだったから。やっぱりありがとうじゃん?」
    
    真ちゃん相手に貴方とか、すげぇ言いづらい。
    俺が内心そんなことを思っていると、真ちゃんはフンと踵を返して象を抱えたまま火神の元に寄って行った。
    あぁあれは照れてるなと顔にニヤニヤと笑みが浮かぶのを止められない。
    何ー?真ちゃん可愛い女の子に微笑んでお礼言われて照れちゃったのー?とからかいたい。超からかいたい。
    
    だけどそんな俺の考えを読み取ったのか、黒子と降旗がこちらへ寄ってきて、黒子に「めっ」と言われた。これ以上バレるようなことを
    するなと言いたいらしい。
    ちぇっ、と思いながらも俺もバレることは避けたいので仕方ない。
    最後にと真ちゃんの方を向くと、火神と一緒にこちらを向いていた。向こうも何か予定があったみたいだし、もう行くのだろう。
    
    「本当にありがとう。助かったよ」
    「……礼ならさっき聞いたのだよ」
    「あは、そうだった。象大切にしてな」
    「ありがとうございました」
    「じゃあな。また変なのに絡まれる前にさっさと帰れよ」
    「うん、ありがとう」
    
    バイバーイと手を振って別れて、さてまた3人に戻ったわけだけど。
    
    「黒子……」
    「高尾君……」
    
    ちらりと周囲を確認して、誰もいないことを確かめる。
    一緒に映った降旗はやっぱり苦笑染みた顔をしていた。
    
    それは、ガシッと手を取り合った俺達が、何を言いたいかどんな気持ちなのかわかっているからだ。
    
    「か……火神君格好良かったですうううぅぅ!!!!」
    「真ちゃん超格好良かったああああぁぁぁ!!!!」
    
    つまりは、お互いの彼氏にピンチを助けられて嬉しかった気持ちを分け合いたかったんですよお!!!!
    
    「ああああもうマジ真ちゃん惚れなおした!!最後のあの『お前らが小さいだけだろう』って、俺女だったら絶対あの時点で真ちゃんに
      落ちてたっ!!いやもう落ちてるけど!!」
    「火神君、あの後僕の手首気にしてくれて、大丈夫だったかって、怖かっただろうって、頭ポンッて」
    
    あぁもう、いいね!王道だけど!いや王道だからこそいいのかも知れない!
    
    デート中に一人で彼氏待ってるとこナンパされて、困ってる所に颯爽と彼氏登場!「俺の女に何してたんだ」ってナンパ男を追い返して
    くれる!
    憧れるよねぇとうっとりと語っていた妹ちゃんにそんな彼氏が現れるのはまだまだ先のことだと思いたいけど、ごめんねお兄ちゃんは
    体験してしまったよ!
    ちょっと色々違うとこもあるけど、それでも「ピンチを救ってくれる彼氏」というものはいかなる状況でもトキメクもんだ。
    
    「あぁあそこに赤司君が居れば完璧だったのに……」
    
    残念そうに降旗に目を向ける黒子に、降旗は冗談じゃない!とばかりにブンブンと首を振った。
    
    「ムリムリ!!オレなんか見られたら一発でバレちゃう!!」
    
    降旗の言葉に、俺と黒子はまぁ確かに、と納得した。
    多分本人は「態度がバレバレだから」とかそういう理由だと思ってるだろうけど、俺らは「赤司はどんな姿でも降旗を嗅ぎわけそうだな」
    と思ったからである。
    と、そんなわけで降旗の彼氏は、あの京都の古豪洛山の1年キャプテンであり元帝校中キャプテンでもある赤司だったりすんだよね。
    
    あのプリクラに黒子が書いた「全員彼氏持ち~♪」は正しくそうだったわけですよ。
    
    「でもあの場に赤司が居たらあのナンパ男共は今頃ハサミの錆になってたんだろうなぁ」
    「ですね」
    「や、ちょっと止めて。俺そうなった赤司とかホント止める自信ないよ……」
    
    うーん、じゃああの場に赤司がいなかったのは不幸中の幸い、ということだろうか?
    まぁ京都にいるはずの彼がこんな所にいるわけもないのだけど。
    
    「あー、でも」
    「ん?」
    「やっぱりあの場に赤司が居て、俺達のことああいう風に助けてくれたら、やっぱ俺も二人みたいになるだろうなぁ」
    
    想像したのだろうか、へへとちょっと嬉しげに笑う降旗に、今日何度目になるかわからない萌えを感じた。
    黒子はもろに当てられたのか、「どうしてこんな良い子があんな厨二病の魔の手に……」と呟きながら降旗をぎゅっとしてた。
    あーいいなぁ俺もやりたい。
    降旗の為にも今度赤司に会ったら恋人のピンチは助けても相手は殺すなとよく言い聞かせておこう。そうしよう。
    
    「さて、じゃあマジバ行こうか」
    「そうですね」
    「あー俺何食おうかなぁ」
    
    声は高くを意識していても、どうしても言葉はすぐには変えられない。
    誰かに聞き咎められないようボリュームを小さくして話しながら当初の目的だったマジバへと向かっている途中、ふと手洗いの
    案内板を見つけた。
    
    「悪い二人ともちょっとトイレ寄っていい?」
    「あー、じゃあオレら先行って席取っとくよ」
    「そうですね。また連絡入れます」
    「オッケー、すぐ追いつくと思うから」
    
    そう言って真っ直ぐ進む二人とは離れて、案内板の矢印に従って右へと逸れる。
    ここら辺はショッピングモールの中でも割と奥の方で、夕暮れももう過ぎた今の時間帯は人がまばらだ。
    フードコートは入り口近辺に固まっているから、そっちは賑わっているんだろうけど。
    
    この角を曲がれば手洗いだ。
    何度か使ったことのある場所で、角を曲がれば思っていた通り奥に青いマークと赤いマークの小さな看板が見えた。
    いつも通りなんの考えもなくそのトイレの前まで歩き青いマークの方へ入ろうとして、すんでの所でちょっと待てよと気付いた。
    
    (俺、今の恰好……)
    
    女である。どう見ても女である。
    いやよくよく見れば骨格は男のものだから、手とか見れば男だと分かる人は分かるだろうけど、それでもこの日本社会でゆるふわロングの
    髪の毛にスカート着用の人種は男か女かと言われれば間違いなく女だ。
    
    え、ちょっと待って、これはどっちを使えば正解なの?
    
    一見すると、女の方へと入るのが正しいだろう。格好だけ見れば。
    だけど俺は男だし。女の方に入るわけには、いかないだろう。あれ?ダメだよね?
    
    ちょっと後ろに下がって、二つの入り口を意味もなく見つめる。
    いやぁこれは、最大の難関にぶち当たってしまった気持ちだわ。どうしよう。
    我慢するという手もあるか、いやでも実はさっきから我慢していて、ちょっともういい加減すっきりしたいなぁなんて。
    
    俺は持ち前の視野の広さで周りを確認しながら、そこから誰もいなくなる時を待った。
    やっぱり女用に入るわけにはいかない。俺はニューハーフでなく、男の娘なのだ。心身共に男なんだから。
    ふと視界から人影が消えて、今だ!と男子トイレの方に駆け込む。
    そのまま個室の方に素早く隠れて、ふぅと息を吐いた。
    
    
    冷静になって思ってみるとさ、これ、中に誰かいたらアウトだったね。俺結構混乱してたね。
    
    
    「まぁ、誰もいなくてよかった……」
    
    俺は小さく呟いて、このまま誰も来ないことを願いながら便座を開けた。
    
    
    
    
    そんな俺の祈りが通じたのか、もしくはただ単純にもうこの近辺に人自体が少ないのか一人の利用者もなく、俺は今のうちにさっさと
    出ようと手を洗う為に蛇口を開いた。
    いくら急いでいても手は洗わないわけにはいかない。
    石鹸で洗った手を温風乾燥機で乾かしていると、ふと紙袋の中の携帯がチカチカと光っているのが見えた。
    
    「あぁ、二人からかな」
    
    きっと席取りしたとの連絡だろうと開いてみれば、予想通り黒子からの着信だった。
    
    「はーい、黒子?」
    『あ、高尾君。すいません今ちょっとそちらに向かっていて』
    「え?マジバは?」
    『それが着いた途端に降旗君が悲鳴を上げて駈け出して行ってしまって』
    「は!?悲鳴!?え、何があったんだよ?」
    『それが僕にもよく……、とりあえずそちらまで戻るんで』
    「あ、あぁ、わかった。じゃあトイレの前で待って」
    
    る……というところまで俺は喋れただろうか。
    気付けば通話は途切れ、ツーツーという遮断音が流れていた。
    
    
    だがそんなこと今の俺に気にしてる余裕はない。
    電話をしながらトイレから一歩出た瞬間のことだった。
    
    
    
    ―――トイレを抜けたらそこは真ちゃんだった。
    
    
    
    あ、そんなに上手くなかった。てか真ちゃんだったって何。
    さっきの比じゃない混乱が自分の頭を襲っているのはなんとなくわかった。だがどうすることもできない。
    なんでこんなにまたタイミング良く合うんですか、ねぇ?緑間サン。
    
    ( 見 ら れ た )
    
    ばっちり見られた。ばっちりはっきり見られた。
    俺が男子トイレから出てくる所を、だ。何か言い訳を、言い訳をしなければと頭の中を言葉がグルグルと回る。
    
    「あ、あの……女子トイレ、今こん、混んでて……つい……アハハ……」
    
    苦しい言い訳だと思う。だってこんな閑散としたフロアにあるトイレが混んでるなんて、普通はない。
    真ちゃんは思いっきり眉を寄せて、ぶっちゃけすげぇ怖くて超怒ってるっぽいんだけど、付き合いの短くない俺にはわかる。
    あれは困惑顔だ。どうしたらいいのかわからないんだ。
    これはキャー!恥ずかしい忘れて本当に魔が差したのキャーっ!と喚きながら走り去るのが得策だろうか。
    何にせよずっとここにいるのはよろしくない。本当によろしくない。
    
    もう仕方ないそれしか方法はないと俺が体を無理やり動かそうとした時、真ちゃんが鞄の中から携帯を取りだした。
    そのまま何やら操作し、携帯を自分の耳に当てる。
    え?何やってんの真ちゃん?
    
    そう思った時には、もう俺が握ってた携帯電話から真ちゃん用に設定してある着メロが軽やかに流れ出していた。
    
    「……」
    
    一応チラリと自分の持っている携帯を見る。
    スマホのそれはフル画面に「真ちゃん」と名前を出していた。
    
    
    
    まさかの、身バレですか、いやどうしよう。ホントどうしよう。
    
    
    
    
    「……高尾?」
    
    うん真ちゃん、一応はてなマークはつけてるけどもうそれ疑問じゃないもんね、確信だもんね。
    
    もうこれ以上隠しようもなくて、俺ははぁとため息を吐いた。
    バレちゃったもんは、しょうがない。
    
    「あ、……っ!!」
    「!?た……か、和葉、さん」
    
    まぁ俺達の今日のその間の悪さは一体なんなんだろうね、と思わざるを得ないタイミングで降旗と黒子が角を曲がって来た。
    真ちゃんの目がこちらから逸れて二人に向けられる。
    
    きっと真ちゃんの顔は先ほどの困惑顔なのだろう、黒子は少し訝しげな顔をしていて、降旗に関しては完全に真ちゃんの顔にビビっている。
    いや、原因はなんかそれだけじゃないような気もするけど。
    
    俺は黒子達に向かって、パンと顔の前で両手を合わせると、てへ☆と首を傾けた。
    
    「ごっめ~ん!真ちゃんにバレちゃった☆」
    
    因みに声は出来うる限りの可愛い声を出しました。
    
    
    [newpage]
    その後勝手にはぐれた緑間を探していたらしい火神も合流して、とりあえずこうなった経緯を洗いざらい吐かされた。
    
    「……というわけでありまして」
    
    説明の際、決してこれは俺達の趣味ではなくあくまで所謂一つの思春期テンションの暴走であり俺達自身に一切そう言った趣味はなく
    ただ本当にちょっと盛り上がって調子に乗ってしまっただけであってこれは心から誓って趣味ではなく何度も言うが趣味ではないのだ
    と強く念を押すことも忘れなかった。
    それでも真ちゃんは呆れたように、いやもう呆れかえって反り返り過ぎて一周しちゃって更にもう一周行ってしまいそうになるのを
    押しとどめるようにため息を吐いた。
    
    火神は感心したように俺達を見ている。メイクってすげぇとボソッと呟いた言葉に俺達が同意を返す間もなく真ちゃんに「そういうこっちゃ
    ないのだよ!!」と怒鳴りつけられていた。完全なる八当たりである。
    
    「全くお前達は……」
    
    はあああぁぁぁぁと長く長いため息を吐かれた。
    うー、そんなに呆れなくても……と思うがまぁ確かに自分の相棒が女の恰好をしてキャピキャピしてたらため息の一つや二つ吐きたくなるのも
    わからないでもない。
    なので素直にごめんね真ちゃんと謝れば、真ちゃんは何やら思案気な顔をしてまた一つため息を吐いた。
    
    「まぁいいのだよ。金輪際二度とこういうバカなことはするな。わかったな」
    
    真ちゃんにそうキツく言いつけられ、別に言われるまでもなく二度とする気もなかった俺達は素直に「はーい」と返事をした。
    
    「そう言えば、なんで真ちゃんと火神がここに居たの?真ちゃんはまだ地元だからわかるけど、火神こっから結構遠いっしょ?」
    
    火神の家は誠凛にほど近い所にある。
    部活帰りに立ち寄ることもあるというのだから、よほど近いんだろう。
    
    そして誠凛に近いということは、つまりここからは遠いということだ。
    火神がわざわざ幾つもの繁華街を経由してここまで来ることも不思議だし、何より真ちゃんと一緒にいるというのが不思議だった。
    
    「あぁ、欲しいバッシュがいつも行くとこになくてよ。そのこと青峰に言ったらここならあんじゃね?って」
    
    確かにここに入っているスポーツ用品店は、秀徳高校という御贔屓さんが近所にあるからかバスケ用品が割りと揃っている。
    ほら、と見せられた紙袋は俺達がいつも使っている店のロゴが入っていて、どうやらそれがお目当ての物らしい。
    
    じゃあ真ちゃんは?と聞けば、真ちゃんは一人でここに来ていてさっき偶然火神と会ったのだと言う。
    
    「買い物?」
    「いや、待ち合わせだ。赤司がこっちに来ているらしくてな、会えないかと言われたのだよ。いきなりだったし他の連中は用があったらしくてな。
      偶々出会って今火神と一緒にいると連絡したら、じゃあ3人で夕飯でもとなったのだよ」
    
    そう言われ、なるほどと納得する。
    っていうか、赤司こっち来てるのか、と降旗の方を見れば、何故か可哀想なくらいフルフルと震えていて「え!?どうした!?」と慌てて
    降旗の肩を叩く。
    
    「ていうかもしかして降旗君がさっき悲鳴上げて逃げたのって」
    
    赤司君を見かけたからですか?という黒子の言葉に、降旗は半泣きで小さくコクリと頷いた。
    
    いやいやいや曲がりなりにも彼氏見かけて悲鳴上げるってどうなのよ。どうしちゃったのよ。
    赤司ショック受けるよ?洛山にいる本物の男の娘(?)が「征ちゃんあぁ見えて繊細なのよ」って言ってたし。本当かどうかは知らないけど。
    
    「だ、だってこんな恰好……俺、二人と違って似合ってないし、ムリ、ムリむり無理!こんな恰好で会えないっ絶対会えないっ!!」
    
    なので帰ります!と高らかに宣言した降旗には悪いけど―――それ、無理だと思うわ。
    
    カツカツと足音を鳴らして一人の男がこちらに寄ってくる。
    そう言えば俺と降旗って同じ蠍座だったよな。きっと今日のおは朝占いの蠍座の順位は12位だったんだよ。
    『尽く間が悪い日。全ては諦めが肝心』とか言われてるよ絶対。クソ、休みだからって10時過ぎまで寝てないでちゃんとおは朝チェック
    しとくんだった。
    これからは降旗にも勧めよう。と思いながら、黒子と二人ススス……と降旗から距離を取る。ついでに真ちゃんと火神も俺らを庇うように
    前に立った。二人ともマジ紳士。
    
    一人だけ状況を理解していない降旗が頭にはてなマークを飛ばしながら突っ立っている。その男に背中を向けて。
    
    「光樹」
    
    ふわり、ととても柔らかい声だった。うわあいつこんな声出せんのかよ。
    するりと降旗の体に回った手は、なんとも自然なものだった。降旗も一瞬何が起きたかわからず茫然としている。
    
    「え……?」
    「可愛い、光樹……。用があると言っていたから会えるとも思っていなかったのに、こんなオプションまでついて僕の前に現れるとはね」
    
    可愛い、可愛い僕の光樹となんとも幸せそうに愛おしそうに笑う赤司を見て、ちょっと気が遠くなった。
    真ちゃんを見ると、ずれてもいない眼鏡を何度もカチャカチャと直している。俺ですら、こんな赤司……いやぁ、うん……と思うのだから
    元チームメイトで赤司とも仲が良かったらしい真ちゃんはもっと色々思うところがあるのだろう。
    黒子はもうなんか悟りきった顔をしている。赤司の変貌に何を言うわけでもなかったがただ「あの厨二病めうちの可愛い降旗君にあんな
    ベタベタと忌々しいったらないです」と呪詛を吐いていた。火神が慣れた様子でそれを取りなしているところ見ると誠凛ではよくある風景
    なのだろう。誠凛怖い。
    
    「え、あ、赤司!?」
    「うん、僕だよ光樹。ねぇもっと良く顔見せて。いつもより瞳が大きいね、コンタクト入れてるの?少し充血してる。外した方がいいかもね」
    「ちょ赤司近いって!は、放して……っ」
    「それはちょっと出来そうもないかな、何せ久しぶりに会えたと思ったらこんな可愛い格好してるんだから。光樹黒髪も似合うね、いつもの
      髪色も勿論似合ってるけど」
    「可愛くなんてないから、俺……こんな……に、似合ってるわけないし……」
    「どうして?すごく可愛いし似合ってるよ。あぁでもそれが他人の服っていうのは気に入らないかな。ね、今度服を送るから着てくれる?
      光樹に似合う服見立ててあげるから。どんなのがいい?」
    「あ、あの赤司、本当に俺……っていうかこれ別に、俺の趣味なわけじゃ……」
    「そうなの?じゃあどういうのがいい?どんな服でも似合うと思うけど、俺的には是非純白のウェディングドレスを」
    「うちの降旗君を君に嫁に出すなんて了承した覚えはありません!!!」
    
    いつまで続くのかと思われた赤司と降旗の二人の世界は、結婚を視野に入れまくった赤司の発言に堪忍袋の緒が切れた黒子が割って入ったおかげで
    漸く収まった。
    ピンクのオーラがこっちまで漂ってきたし。ちょっと当てられて真ちゃんに寄りそうと、そっと背中を撫でてくれた。へへ。
    
    
    とりあえず暫くして男の娘化した降旗の姿を見て興奮がピークを迎えた状態からは少しは回復したのか、赤司は降旗の腰に手を回して時折髪を
    撫でる程度に収まっていた。
    さっきはがっちりホールドだったからね。降旗もこれ以上は言っても無駄だとわかっているのか、大人しく赤司の良いようにさせていた。
    さてもう落ち着いたかな?と各々の顔を見回せば「じゃあこれからどうしようか?」となる。
    当初の俺達の予定はマジバだったけど、今の時間帯6人でマジバはちょっと席が取れないかも知れない。
    
    「じゃあ……あぁ、確かこの辺りにおいしいディナーバイキングの店があったな。そこにする?」
    
    赤司の行きつけだという店に、そこでいいんじゃない?と声があがる。
    全員良く食べる男子高校生であり、何より火神が居るのだ。バイキング、食べ放題というのはすごく魅力的だった。
    
    「食べ放題ですか」
    「おう。俺はとりあえず肉が食えればどこでもいいけど、好きなだけ食えるってのは嬉しいよな」
    「僕の分も元取って下さいね」
    「お前もちゃんと食え!あー、っつっても、今の恰好じゃあれが普通に見えるよな」
    「僕は普通です。火神君が食べ過ぎ……っくしゅ」
    「あ?寒いか?」
    
    一つくしゃみをした黒子に、火神が自分のマフラーを黒子に巻いてやっていた。
    あの二人はいつでもどこでも自然体だ。まるでそこに二人でいるのが当たり前みたいに二人でいる。
    わしゃわしゃといつもの癖で黒子の頭を撫でた火神が「……いつもと感触が違う」と呟いた。どうやら人工毛の感触はお気に召さなかった
    らしい。
    それに黒子は手櫛で髪を整えながら少し笑っていて、あぁとても幸せそうだなと思う。
    答える火神の目元も柔らかい。普通の彼氏彼女だ。ただ女の子の服を着てちょっとメイクを施しただけで、何も知らず傍目から見ればこんな
    にも『普通』になる。
    
    「女の子の恰好も、たまにはいいかもな」
    
    俺が笑いながら言えば、真ちゃんに間髪入れず「ふざけるな」と叱られた。
    
    「えー?なんでー?」
    「男がそんなひらひらした服なんて着るもんじゃないのだよ。ちゃんとした格好をしろ」
    「似合ってたら別に良くない?」
    「……はぁ。―――似合ってるから良くないのだよ」
    
    またああいう輩に絡まれたらどうする、と真ちゃんがきつい目を向けて来て俺は目を丸くした、。あぁなんだ、そうか。
    きっとあの男共に絡まれたのを真ちゃんは心配していて、きっとさっきの長く長いため息もそのせいだったんだ。
    余計な厄介事を招く種を自分から撒くなと、真ちゃんはそう言いたいのだ。
    
    「なぁなぁ、じゃあ真ちゃんと一緒の時なら、またこういう格好していい?」
    
    そう言いながら真ちゃんの手に自分の手を重ねると、真ちゃんはふぅと息を吐いて俺の手をきゅっと握った。
    
    「俺はいつものお前がいい」
    
    ―――それ、すごい殺し文句だよ真ちゃん。
    
    カァ……っと顔に熱が集まったのがわかる。
    俯けばいつもはないゆるふわロングの髪の毛が俺の顔を覆い隠してくれるけど、真ちゃんはそのことに不服そうだった。
    俺のウィッグの髪をかき上げては顰め面を作る真ちゃんを、「今日だけだから」と慰めて繋いだ手に力を込めた。
    
    
    
    
    そうだね。手を繋いだり、『普通』に見えることが出来るのはいいかも知れない。
    でも、俺もいつもみたいに、お前の隣で『普通』にバカ笑いできる方が好きだよ。
    
    
    
    
    
    そう伝えれば、真ちゃんは当然なのだよと言いたげな顔で笑った。
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    「あ、そうだ真太郎ちょっといいかな」
    「ん?なんだ赤司」
    「いやさっきの言葉が気になってね」
    
    ああいう輩って、なんだい?
    
    真ちゃんの顔が、しまったと歪む。
    ついでに降旗の顔もサッと変わった。あぁこれはもう、ごまかすことは不可能だな。
    
    どこからともなく取りだしたハサミをシャキンシャキンし出した赤司に、俺は説明と共にさっき思ったこともよく言い聞かせておこうと
    決意した。 
        

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