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タタタタっと子供独特の軽い足音が響く。
陽が傾いてもまだ吹く風は生暖かく、じっとりと汗ばんだ体が気持ち悪かった。
近所の子供達を集めて催されたかくれんぼ大会。
いつもの倍近くの人数が集まったそれは、子供達にとっては紛れもない小さな大会だった。
途中までは一人、また一人と順調に見つかった。
けれどどこにでも隠れることのうまい奴というのはいるもので。
あと3人というところまで来ているのだが、中々その子達が見つからない。
フレンは一度立ち止まりきょろきょろと辺りを見回した後、また走り出した。
見つかっていない3人の中に、フレンにとって半身とも言える親友がいた。
そいつは隠れるがすごくうまい。
残りの2人ともかくれんぼはしたことがあったが、その時は比較的にすぐに見つけられた。
だからその2人はきっとその親友の元に一緒にいるのだと考えるのが妥当だろう。
タイムリミットは、陽が傾いて町の真ん中の噴水の影がお城に向かう階段のすぐ手前まで伸びた時。
もうその時間はすぐそこまで迫っている。
一度戻った方がいいかもしれない、とフレンは集合場所となっている広場の噴水の前へと足を向けた。
近道の細い路地を通りその後も何度か右へ左へと道を走ってるうちに、すぐに広場へと出た。
「あ!フレン!」
噴水の前にかたまっていた子供達のうち、一人が自分を見つけて手を振ってくる。
けれどその子供はフレンが誰も連れていないことを知ると、不思議そうに首を傾げた。
フレンがその輪の中に加わると、親友以外の子供の顔が既に皆揃っていた。
そのことに少し驚いて、フレンはもう一度よくよく皆の顔を見比べる。
「ユーリは?」
先ほどフレンに手を振った子が声をかけてくる。
てっきりユーリのことはフレンが連れてくるのだと思っていた。
ユーリは隠れるのが上手だけど、絶対に最後見つけるのはフレンだったから。
だから、今回もそうだと思っていたのだが。
「誰かユーリが隠れてる場所知らないかい?」
フレンが子供達にそう声をかける。
子供達は互いの顔を見合いながらも、最後はフレンを見て小さく首を横に振った。
「どこにいるかはわからないけど…」
その中で、声をあげたのはフレンよりも2つ3つ年下の男の子だった。
最後まで残っていた、てっきりユーリと一緒にいるものだと思っていた子だ。
「俺達ユーリと途中まで一緒にいたんだ」
「でも途中で急に『最近いいところ見つけたからそっち行くわ』って」
一人で行っちゃった、と説明してくれた男の子の言葉に、フレンは少し思案するように眉を寄せた。
ちなみにさすがユーリが見つけた場所というか、ずっとそこにいた男の子二人は最後まで誰も見つけられず。
陽が傾いたのを見て自分達で出てきたのだという。
そんな場所よりいいところ、しかも最近見つけたのだという。
完全に陽が傾きぽつりぽつりと家々にろうそく灯りが灯りだしたのを見て、フレンの頭にまさかという単語がよぎる。
もしかしたら隠れている最中寝入ってしまって、そのまま寝過しているのかも知れない。
確かに時間に規則正しくはないけれど、人に心配をかけるようなことはしないやつだ。
けれど、今までユーリが隠れているのを、集合時間までに自分が見つけ出せなかったことなどなかった。
だからか何故かどうしようもなく不安で、でもそんな不安で埋め尽くされそうな胸を服の上からぎゅっと押えて、
その場にいる全員にもう遅いから各々家に帰るようにと解散の号令をかける。
まだ小さな子はフレンやユーリのような年長組が家まで送っていくのだが、
そこはフレンの心中を察した他の子が「お前はいいからユーリを探してこい」と受け持ってくれた。
まだどこかでユーリが隠れているのなら、探し出せるのはきっとフレンだけだ。
フレンはその子に一つ礼を言うと、踵を返しまた路地へと身を滑り込ませた。
(あいつ、まさか結界の外に行ってないだろうな…)
ユーリに限ってそれはないだろうと思いながら、もしかしたらというのは拭えない。
けれどルールにもちゃんと口に出して結界の外には出ないこと、と言ってあるし、
何もない限りユーリがそのルールを破るとは思えない。
そう、『何もない限り』。
下町の子供を束ねる兄貴分としては、フレンの名をあげる者が大半かもしれない。
けれどそれと同じくらいユーリだって慕われている。
そっけないように見えて、実は誰よりも困った人を放っておけない性質の持ち主だ。
ただそれをおおっぴらにというか、本当にさり気なく何でもないことのように助けてしまうので、あまり目立たないだけで。
けれど実際はそうではない。
何でもないように見せかけて、実のところ一人で色んなものを背負い込んでしまうのだ。
それは目に見える傷だったり、見えない傷だったり、大きな荷物だったり。
もしかしたら今ユーリはそんなものを一人で抱えてどこかにいるのかも知れない。
想像するだけでも恐ろしい、早く見つけなくては。
フレンは下町の構図を頭に浮かべた。
もう皆で手分けして色々な場所は調べつくしてある。
おいそれと端から端まで探したところで、探す効率が悪すぎる。
ユーリが言っていた最近見つけた場所。
それは、ユーリ自身も最近まで近寄らなかった場所ではないか。
いったん立ち止まって、荒い息を落ちつけながら必死で考える。
ユーリが近寄らない場所、皆が近寄らない場所。
自分が近寄らない場所。
ふと、頭に描いていた地図の中に自分が歩いていないルートがあることに気づいた。
それは隠れるには少し抵抗がある為、かくれんぼで使う者がいなかったから
知らず自分の中でもそこは調べなくてもいいという概念がついていた場所。
フレンは振り返って陽が落ちていった場所を見つめた。
この時間帯、あの場所に足を踏み入れるのはフレンであろうとも少々腰が引ける。
けれどもうそこしか残っていなかった。
そこにユーリがいるかも知れない。
なら、彼を見つけるのは自分の役目だ。自分が行かなくてどうする。
フレンは少し震える足を叱咤し、迷うことなく駆けて行った。
ただでさえ少ない家の灯が遠ざかり始める。
それと共に現れるのは、言い難いほどの闇だ。
大小様々な石や木の板がそこらじゅうに、一応整理されて並んでいる。
(ユーリ…!)
その風景は、思った以上に恐ろしいものだった。
しかもそこは、死者が眠る場所。
まるで見えない何かに、どこか違う場所に連れていかれる気さえして、フレンはぶるりと身を震わせた。
「ユーリーっ!!!」
その震えをごまかすように、彼の名を叫ぶ。
けれどその声は寂しく少し木霊するだけで、返事は何も返ってこなかった。
いないのだろうか、そんなこともよぎった。けれど、
(……いる)
何故かわからないけれど確信があった。
確かにここである確率が高いことも確かだ。
しかしそれとは別の、確信に近い何かがフレンの中にあった。
そして、もう一つ。
(急がなきゃ…!!)
何かに急かされる。
どうしてだかわからないけど胸騒ぎがする。
早くユーリを見つけないと、自分の中で何かが欠ける。それもほとんどフレンの中に確信としてあった。
「ユーリ!ユーリっ!!」
名前を叫びながら墓地を走りまわる。
静寂を切り裂くように自分の声を発しながら、無我夢中で親友の長い髪と白い肌を探した。
どこだ…っ、どこにいる!?
早く、早くっ、早く!
さあっと吹いた風がフレンの金色の髪を撫でる。
今までと違う寒さすら感じる風の中に、声が聞こえた気がした。
「……っ!?」
呼ばれた気がした。
「ユーリっ!!」
自分がどこに向かって走っているのか、よくわからなかった。
ただ彼に呼ばれた気がした。それだけで十分だ。
「ユーリ!!」
気がつけば墓場の一番奥まで来ていた。
そして見つけた、親友の姿。
一つの石に寄りかかるようにして目を閉じて微動だにしない彼に、フレンの血の気がさっと引いた。
慌てて駆け寄ると、彼の傍に足を折り一心不乱に彼の肩を揺らす。
「ユーリっ!!目を開けてユーリ!!」
その時、彼がただ寝ているだけだとは思えなかった。
何かがおかしい。肩を揺らしながら一向に目を開ける気配がないユーリに、フレンはいやいやと首を振った。
「いやだ、いやだユーリ!!行かないでっ!!」
知らず、ぎゅっと彼の腕を握る。
彼がどこにも行くはずがなかった、だって目を閉じて動かないのだから。
けれどフレンはそう叫んだ。
途端がくん、とユーリの体が上下に揺れた。
思わずビクリとフレンが肩をすくめる。
何が起こったのかわからない。
フレンはユーリの腕を掴む手に力を込めた。
「ユーリ…」
もう一度、彼の名を呼ぶ。
「…ぁ……」
小さく瞼が震えたと同時に、ユーリの口から声にならない声がこぼれる。
動くことも話しかけることもできずただ微動だにせずいると、彼の目がうっすらと開かれる。
ぼんやりとした彼の瞳が徐々にはっきりしてきて、自分と目があったかと思うと彼にフと笑われた。
「泣き虫…」
笑いながら呟かれた言葉に、カッと怒りがこみ上げた。
そのままそれを指先に込め彼の額の上ではじく。
「い……っ!?」
「全く君はっ!!本当に…僕がどれだけ、心配したと思って……っ!!」
こんなに探して探して、不安で胸がざわついて、やっと見つけたと思ったら君が倒れてて。
「ばか…っ!」
フレンはそう言いながら、ユーリに抱きついた。
ぎゅうっと、夜風に冷やされたと言ってもまだほんのりと温かい彼の体を抱きしめながら、ユーリがここにいることを確認する。
少し驚いた様子だったユーリも、何も言わずおずおずとフレンの体に腕を廻した。
自分を探して走り回ってくれたのだろうということは、体の熱さでわかった。
「ありがとな」
短く礼を言って、フレンの背中をぽんぽんと叩く。
「そろそろ帰ろうぜ。このままじゃお前風邪引いちまう」
「あぁ、うん。そうだね」
走ってる最中に掻いた汗が風にさらされ冷えてきている。
「それになんだかここにずっといるのも嫌だ。早く帰ろう」
「おう」
フレンはユーリを離すと、はい、と手を差し出した。
別に躊躇もなくその手を取ると、ユーリは身軽に立ちあがる。
その様子に別段怪我もないようだと安心すると、フレンはそのまま歩きだした。
「ちょっ!おいフレン手離せって!」
さすがにこの年にもなって男同士で手をつなぐというのは抵抗がある。
だけどそう言ってもフレンは握る手の力を強くするだけで、離す気はないと言外に言われた。
小技や素早さを使えば喧嘩は互角かもしれないが、純粋な力比べではフレンに敵わないことを知っているユーリは、
溜息をひとつ吐いただけで無理に振りほどこうとはしなかった。
頑固な性格はわかっている。それがお互い様だということも、だが。
そのまま二人で足早に墓地を抜けると、歩くペースを少し落とした。
「はあ……」
その溜息はどちらのものだったか。
ちらりとお互い目を合わせて、ユーリの方がバツが悪そうにそのまま目線を足元に落とす。
「……どうしてあんなとこにいたの」
「いやあ…あそこ木陰になってて昼寝には最適だってのに、最近気づいて」
かくれんぼでこっちまで探しにこないのは、今までの経験で知っていた。
絶対に見つからない、けれどルールには墓地には行って行けないというものはない。
ただ各々行こうとしないから、自ずとリストから削除されていただけで。
だから少し昼寝でもして、時間が来たら戻ろうかと。
「思ったんだけども……」
「寝過した、だけじゃないよね?」
あの時のユーリは確かにおかしかった。
寝てるというよりは、何かユーリの中のユーリがどこかに行こうとしてるような感覚。
自分でもよくわからないが、一言で言えば、危険な状態、だと思ったのだ。
「俺もよくわかんねえんだけど、寝てたのは確かなんだ」
「うん」
「…で、ちゃんと時間通りに起きたんだけど」
目が覚めた時は丁度陽が傾いていて、そろそろ戻らないといけないなと思った時。
「横で女の人が泣いてた」
ユーリの言葉に、フレンは一瞬ピシリと固まった。
フレンの背筋にさあとうすら冷たいものが走る。
「……生きてる人、だよね?」
「……さあ」
それはユーリも同じなのか、思い出しながら少しぞっとしているようだ。
その後の記憶は曖昧なのだが、フレンが来てくれなければもしかして、と思えば仕方のないことだろう。
「と、とにかくもうあの墓地には行かないで!わかったね!?」
「お…おう……」
青い瞳にクッと見据えられて、ユーリは素直にコクンと頷いた。
正直例え頼まれてもごめんという感じだ。
ただ少し。
あの時見た女の人が、泣いていたのが少しだけ気にかかった。
フレンに言うときっとそんなこと気にしなくていい!と怒られるのは目に見えていたので、言わないが。
ユーリは自分の手を握って少し前を歩いているフレンを見た。
曖昧な記憶の中に、確かに覚えていることがある。
それは、光。
光が、自分を呼んでいたこと。
その光に手を伸ばした時、確かにその光は自分のその手を握ってくれた。
きっとこの手なのだろうと、フレンを見て思う。
あの女の人にはいなかったのだろうか。自分の手を掴んでくれる人が。
「フレン」
「何?」
「ありがと」
ふわりと笑ったユーリに、フレンは思わず顔を赤らめた。
そんな自分の顔に彼は不思議そうに首を傾げてどうした?と聞いてくるので、なんでもないから!と頭を振る。
「そうか?」
「うん。でも、何?急に」
珍しい、と言えば、ユーリは少しムッとした顔になった。
そんな彼の顔に思わず苦笑が零れる。
だって本当に、彼がこんなに素直に、それも唐突に(しかもあんな笑顔で)ありがとうなんて珍しすぎる。
「別に。思っただけ」
「そう?」
「お前はいつも、俺を見つけてくれるから」
「ああ」
そんな、簡単なこと。
「僕が君を見つけられないはずないだろう」
君が君である限り。
君が僕の半身である限り、僕が君を見失うことなどないのだ。
そして。
「ユーリだって、僕のこと見つけてくれるでしょ?」
フレンが、悪戯っぽくそう言って笑った。
いつだってユーリを見つけるのはフレンで、フレンを見つけるのはユーリだ。
そんなの当たり前だ、だって。
「……俺が、お前を見つけられないはずないだろ」
お前がお前である限り。
お前が俺の半身である限り、俺がお前を見失うことなどないのだ。
自惚れなどではない。これは、絶対に。
二人がそう思っているのなら、尚更。
「だからとりあえず、君のせいでこんなに遅くなったんだから一緒に母さんに怒られてね」
「う……わかったよ」
「あと今日は僕の部屋で寝なよ。宿に帰ってもきっとユーリ寝れないよ。怖くて」
「うっせえ!!」
暗に怖がりとからかわれて、ユーリは顔を赤らめて怒鳴った。
それがなんだか可愛くてフレンがアハハと声をあげて笑う。
笑うな!と結構強めに背中をはたかれたけれど、しっかりと握られたその手が離れることはなかった。
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