僕達男の娘

    はい、と手渡された鏡を見て、俺は遠慮なしにブファwwwwwと噴き出した。
    いや別に我ながら悪いモノだとは思わない。
    だけどここまで変わってしまっては、なんだか自分の顔を見てるように思えなかった。
    
    「ちょwww目wwwでかwwww」
    「笑いすぎですよ高尾君」
    
    可愛いじゃないですか、と言ってくる黒子に、いやお前には負けるよとまた笑う。
    
    「やっぱあんたも二重にしたら、妹ちゃんにそっくりね」
    
    俺の目は母さん譲りの一重瞼だ。
    別に男だし不満もなかったが、今の自分の顔を見ていると一重瞼の女の人がしきりに「二重瞼になりたい」と言う気持ちが
    わからないでもない気がした。
    目の印象でここまで変わるのなら、毎朝早く起きてでもあの面倒くさい一連の流れをやらないと気が済まなくなるのかも知れない。
    
    良かったね妹ちゃん父さんに似たクリクリお目めで、と呟くと母さんにポカリと殴られた。
    
    「あ、降旗君。どうですか?」
    「うん大丈夫。久しぶりだったから入れれるかわかんなかったけど、割とすんなり出来たよ」
    
    洗面所から戻って来た降旗に声をかけた黒子が、見せてくださいと顔を覗き込む。
    
    「へー、やっぱり違うもんですね」
    「何々そんなに違うもんなの?見せて見せて」
    
    降旗の変化が気になって、俺は椅子から立ち上がると降旗の傍へ寄った。
    黒子と同じように顔を覗き込むと、なるほどやっぱり全然違った。
    
    俺は黒子と降旗の手を引くと、全身鏡に被されていた布を取り去ってその前に並んだ。
    映されているのは、黒髪と茶髪の三人の―――
    
    「これなら、美少女って呼んでも差し支えなくね?」
    
    どこからどう見ても、女の子だった。
    
    予想以上の出来栄えにちょっと調子に乗って部分もあると思う。
    元来面白いもの好きな自分が、こんな好機逃す手はあるかと思ったとしても仕方ない。
    
    「よし、いっちょお散歩デビューすっか!」
    
    
    そう笑いながら言い放った俺に、黒子と降旗が二人どうしてこうなったと顔を見合わせていた。
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    と、これだけじゃ今俺達が何をしているのか全くわからないだろうから、ちょっと時間を遡って説明しようか。
    
    そもそも学校も違う俺達3人が、なんで仲良く集まってるのかってことなんだけど。
    俺達が3人で集まるのは実はこれが初めてじゃなかったりする。
    WCも終わって、まぁそれ以前にも面識はあったけれど、集まるほど仲良くなったのはWCが終わってからだった。
    
    きっかけがなんだったかのかもうよく覚えていないが、確か最初は休みの日にあいつらとマジバで出会ったことだったと思う。
    
    秀徳と誠凛は、学校同士は決して近くない。寧ろ真逆である。
    だが中学校ならまだしも高校というところは大体にしてバスや電車を乗り継ぎ通っている生徒が大半というわけで。
    俺や真ちゃんのようにチャリアカーなんてもので登下校出来るような生徒は、現代の高校生事情からしてみると
    寧ろ珍しい類なんじゃないだろうか。
    
    黒子と降旗は、まさしくそういう「ちょっと遠方」から通っている高校生だった。
    俺達は全員同じ沿線上に最寄駅を持っていて、ちょっと繁華街へ出るという時に足を向ける場所がたまたま同じところだったのである。
    ちなみに秀徳と誠凛も同じ沿線から行ける。東と西で位置は真逆だけどな。
    
    てなわけで、よく行く繁華街が一緒、後同じ体育会系の部活ということで大体休みの日も特に変わらない。
    んで俺達が繁華街に行く目的といや、消耗されるバッシュだったり(すぐ擦り切れる)
    練習用のTシャツだったり(すぐ汗でもろもろになる)制汗スプレーの類だったり(夏はこれがないとやってられない)の買い出し。
    後は書店に寄ってみたりゲーセンに寄ってみたりカラオケに行ってみたり、この行き先の被ること被ること。
    そんなことが2,3回あれば、コミュ力の高さに定評があり出かけるのは一人よりも大勢の方が好きな俺にとっては、
    「なぁ今日一緒に遊ばね?」と二人に声をかけだすのは当たり前のことだった。
    
    そしてスカイプやラインでよく連絡を取るようになり、次の休み俺ん家でゲームしようぜ、という話しになったのである。
    
    「じゃあ僕メタギア持って行きます」
    「マジ!?黒子もメタギアすんだ!俺も超好きでさ~w」
    「有名だよね、オレはやったことないけど」
    「じゃあ教えてやるよ、絶対ハマるからっ」
    
    そんなやり取りを会議通話でして、いざ休みの日当日。それが今日だった。
    
    俺の思惑が最初に外れたのは、その日の朝、母さんが自分の仕事場から出てきたことだ。
    母さんは洋裁に関係した仕事をしている。
    昔はパタンナーとして活躍していたが、今は専門学校で講師をしたり時々なんちゃらコレクションがあるとか言って
    実際服作ったりなんやらしているようだが、あまりよくわからない。
    
    だがここ最近母さんは仕事場に籠り時折ミシンの音を立てたりしていたから、今日もきっとそれが続くのだろうと思っていたのだが。
    
    「ちょっと和成!手伝って頂戴!」
    
    まさかの仕事の手伝いを申しつけられたのである。
    
    「え、今日午後から友達来んだけどー」
    「なら午後まででいいわ。大したことじゃないもの。あのね、ちょっとこれを着て欲しいの」
    
    そう言って渡された布切れ。
    なんだこれと広げてみて、俺は思わずはああああああああああ!?と声を上げた。
    
    いーやだって……うわぁ、ないわ。
    
    「女物じゃん……」
    
    しかもリボンやらフリルやらがついたピンク色のフリフリのワンピースである。
    あー、こんな服ばっか売ってるショップ原宿とかで見たことあんなぁ。
    なんだっけ、あれ、女の子に人気のさ、リサリサだっけ?なんか違うな……まぁそんな感じの。
    
    間違っても毎日毎日部活で必死に体鍛えてるDKが着れる服ではない。着ていい服ですらない。
    可愛い子が着るなら、例えば妹ちゃんとかが着ていたなら俺は手放しで可愛い可愛いと褒めちぎるし服も本望だろうが、
    俺が着るのはもう服に申し訳ないぐらいである。
    だってそうだろこれー。こんな可愛い服なのに、モデルが俺ってどうなのよ。母さんちょっと人選べって。
    
    「妹ちゃんに着てもらえばいいじゃん。俺カメコやるから」
    「黙りなさいシスコン。妹ちゃんじゃこの服達のサイズ合わないし、それにそもそもがこれ男の子ようだしね」
    
    母さんの言葉に俺は驚いて服を凝視した。
    なんか、胸元は可愛い感じでリボンがビラビラしてるし、これ提灯袖ってゆうの?なんかぷっくりした可愛らしい袖口だし、
    裾は……なんか布が重なってフリフリしてる。
    ごめん俺の持ち合わせてる言葉じゃ上手く説明しきれねぇしイマイチ想像できないかもしれないけど、でもこれは間違いなく
    男の着るものには見えんということは確かだ。
    後ワンピースだし!スカートだし!
    
    「あらスカートだって元を辿ればイギリスの男性用の民族衣装よ」
    
    そんなん知らん!民族衣装とかそういうなんか頭良さ気なこと言われてもわからねぇ!
    イギリスがどうだか知らないが日本ではスカートは女の子が履くもんだ。
    余所は余所、うちはうちだ。俺が昔友達のおもちゃを羨ましがった時に母さんが良く使ってた言葉だ。知らないとは言わせない。
    
    「てかなんでこんなもん男が着るわけ?今度専門学校で学際とかあって誰か女装するとか?」
    「近々コレクションがあるのよ。まぁ専門学校の行事ではあるけど。そこでのテーマが男の娘ファッションっていうのでね」
    
    男の娘?どういうこっちゃと首を傾げると、母さんは得意そうにふふんと笑って説明を続ける。
    
    「あのね、最近男の子がオシャレとして女の子の恰好をするのが流行ってるんだって!
      そういう格好をする子を、男の娘っていうそうよ」
    「へぇー」
    
    最近の流行には敏感なんだから!と豪語する母さんには悪いが、それ流行ってるわけじゃないと思うぜ。ごく一部の方の
    趣味じゃねぇかな。
    そんな言葉はまぁ息子なりの思いやりで飲み込むとして、だがやはり自分には関係ないことだとその服をパサリと椅子にかける。
    
    「ちょっと和成!」
    「いーやーだってば!そんなの着てる俺想像してみろよ、気持ち悪いだけだろ?逆に仕事に差し支えるって」
    「そんなことないわよー。あんた母さんに似てどっちかっていうと可愛らしい顔してんだから」
    「え、それ一重っていう意味?」
    
    からかうように言えば「何よー!」と母さんが不貞腐れたように頬をふくらます。
    息子の俺から見ても幼い行動だ。だがそれが似合ってしまってるというぐらいだから、まぁ母さんの顔が可愛らしい造作をしてる
    ということはあながち嘘ではない。
    確かに俺は母親似か父親似かと言われれば間違いなく母親似であるが、だからと言ってこの人のような仕草が似合うかと言われれば
    ……あー、違和感はないか。俺のキャラ的に。
    微妙に複雑な気持ちになりながら俺が客観的感覚から自分を見直していると、後ろでさも残念そうなため息が聞こえてきた。
    
    あざとい。わざとらしい。そんな言葉が俺の頭を占める。
    
    「あーあ。手伝ってくれたら前欲しがってた新しいバッシュ買ってあげようと思ってたのに」
    「やります!」
    
    ……釣られるとわかっていても、餌に食いつかずにいられない魚だっていると思う。
    俺は迷うことなく目の前のつり下げられた2万円のバッシュに飛びついた。
    
    
    
    
    
    
    
    そして母さんの着せ替え人形になること2時間。
    
    何人の男子が着るのか知らないが10着以上あるそれを、俺はただ言われるがままに身につけ続けていた。
    時折ちょっと屈めだの後ろを向けだのもうちょっと綺麗にクルッと回って後ろ向けないの?など色々言われていた。そんなん
    出来るか。
    仕舞いにはイメージがし辛い!とか言ってウィッグまで被せられた。
    黒のゆるふわロングである。正直重くて仕方ない。だが自分で言うのもあれだが……似合ってなくはないんだなーこれがっ!
    
    実を言うともう諦めとか諸々を通り越した俺は、逆になんだか段々楽しくなってきていた。
    普段は出来ないことが出来るというのは中々楽しいことである。いや別にしたいとか思ったことなかったけど。
    
    「なぁなぁ母さん、実際この中で俺に一番似合うのってどれよ?」
    
    言いつけどおりに全面鏡の前に立ってくるくると回ったりしていた俺は、戯れにそんなことを聞いてみた。
    母さんは少しうーんと悩んで、今俺が着ている服ともう既に袖を通し終わった何着かの服を交互に見つめると、今着てる奴かなー
    と言った。
    
    「これ?」
    「ええ。あんた足の形綺麗だから、足は出した方がいいわ。まぁ今は拗ね毛生えてるからあれだけど」
    
    剃る?と言われて俺は全力で首を振った。んな足ツルツルにされちまったら恥ずかしくて明日から半ズボンとか履けねぇ。
    女子にとっては剃るものなんだろうけど、男は生えてない方が目立つんだっつの。まぁ俺も元からそんな濃いわけじゃねぇけど。
    
    一番似合ってると言われたそれを着て鏡と向かいあわせに立って見るが、イマイチ自分でどこが似合ってるのかわからない。
    今着ている服は黒のワンピースだ。だが黒と言っても基盤の生地はそれであるが、オレンジと赤の花が大小とバランスよく
    プリントされているし、下のスカートは薄いオレンジの光沢のある布で、裾の部分はなんか……ドドメ色?つうのこれ?
    
    「スカートの部分は朱色、裾の部分は柿茶よ。嫌な言い方しないで頂戴」
    
    因みにそのワンピースはチュニックワンピースよ、前が開いてるのが可愛いでしょ?と母さんの豆知識。可愛いけどへぇーとしか
    言いようがない。
    
    「後このタイツ履いて拗ね毛隠してみなさいな」
    
    そう言って渡されたのは、黒のタイツだった。
    女の子の冬の必須アイテム!それさえあれば多少無駄毛の手入れに気を抜いても大丈夫!だそうだ。
    そうか、やっぱ無駄毛の手入れって面倒くせぇんだよな。大変だなぁ女の子って。と思いながら言われた通りにタイツを履く。
    
    そうしてもう一度鏡に向き合った俺は、思わず「おぉ!」と声を上げた。
    
    「うわすげぇちょっと違和感消えてる!」
    
    タイツ1枚でここまで違うものなのか、とある種感動すら覚えた。
    拗ね毛が綺麗に隠れるというのも確かにあるが、足の輪郭がタイツによってぼやけるというか、黒の色が引き締めて見せてくれて
    いるというか。
    こうやって鏡に映ってる自分を見てるとちょっと足を内股気味にしたくなる。
    
    「なぁなぁ母さんこんな感じ?どうよどうよ?」
    
    いつもの外股をちょっと矯正させて立つと、自分でもこれはありかなと思えて調子づいて母さんを呼んだ。
    
    「そうね、それでもうちょっと背筋伸ばして……ちょっと顎引いて」
    
    んでそこからの、上目遣い!ブッフオオォwwwwこれはwwwwないwwwwww
    やべぇこれは草が乱立する。ちょっと調子に乗りすぎたなと思いながら俺は鏡の中の自分にひぃひぃと腹を抱えて笑った。
    あー面白かった。いややっぱ俺男だわ。うん。
    
    「まぁね、でもあんた化粧すればパッと見だとどっちかわかんなくなると思うわよ?」
    「えーんなこたねぇだろうよ。俺身長176㎝だぜ?女にしてはでかくね?」
    「あんた今全国の176㎝以上の女性と大半の女性モデル敵に回したわよ」
    
    パリコレで規則とされている女性の最低身長は175㎝らしい。あー、やっぱモデルは背高いもんなぁ。
    176ぐらいなら大して珍しいものでもおかしなものでもないと言う母さんに、それもそうかなと思う。
    
    「あんたスポーツやってるから基本体も引き締まってるしね。緑間君には負けるけど」
    「ちょ、真ちゃんと比べるのは勘弁したげて!てかあいつは逆にもうちょっとウエイトつけるべきなの!」
    
    確かに緑間は引き締まってるけど!腹とか固いけど!
    でもスクリーンにはもうちょっと体重あると嬉しいなぁと思う。195㎝の身長で79キロというのは、このスポーツをやってる中では
    軽めだ。
    おかしいなぁ、ちゃんと毎日お汁粉飲んでるし食事もしっかり取ってるはずなのになぁ、どうやったら体重増えんのあいつ
    と考えていると、「和成」と母さんに呼ばれた。
    
    「ん?何?」
    「ちょっとメイクしたげるからここ座って」
    
    ……ここは、逃げるべきではないだろうか。
    いや確かに今テンションがちょーっと変な方向行っててこのままでは「うっはwwwマジ!?wwwメイクすんの!?www
    やべぇどんななるのwww」と行ってしまってもおかしくはない。てか行きそうになった。危ない。
    冷静になれ。この後もうちょっと、後何分もしないうちに黒子と降旗だって来ちまうんだから、と思って初めて俺は
    「え、今何時?」と時計を見た。
    
    壁に掛けられている時計はそろそろ短針が1時を指そうとしていた。
    
    「うわ、ちょっ!もうこんな時間じゃん!もー俺昼から友達来るっつったろ!?」
    「何よー!あんただってノリノリでやってたじゃないのさー!」
    
    そうだけど!ノリノリになっちゃったけど!
    早く着替えなくては本当に言ってる間に二人が来てしまう。
    
    とウィッグに手をかけた時―――ピーンポーンと鳴らされた玄関のチャイムがリビングに響き渡った。
    
    「!!」
    
    ―――ホントに言ってる間に来やがった!!
    
    いや俺が悪いんだけど!二人は全然悪くねぇんだけど!と思いながらも何も今このタイミングで来なくてもと思わずにはいられない。
    
    「ちょ母さん待……っ!!」
    「はぁ~いっ!!」
    
    あぁぁぁぁぁぁ!!!あんのババアああぁぁぁぁ!!!!
    
    確実に猫なで声だった。確実に面白がった声だった。
    俺よりもリビングの扉近くにいた母さんは俺の静止も聞かずに玄関に小走りで向かって行った。
    訪問者は間違いなく黒子と降旗で、あの人は勿論をそれをわかって、あわよくば……あわよくば俺と同じ道を……。
    
    そこまで考えて俺は―――あ、ごめん、何それ超楽しそう。
    
    (ああもう!どこまでも俺って楽しいもの好きさんなんだからああああぁぁぁ!!)
    
    だって友達ん家来ていきなり女装させられるとかもうめっちゃ面白いじゃん。
    それに多分あの二人は違和感なく似合う。
    
    とりあえず後二つウィッグ出しとこ、とさっき自分が被っているウィッグを取りだした箱の中をがさごそ探っている所に、
    母さんに通された二人がリビングに入ってきたので
    
    「いよっ」と手を降った。
    
    「よっ……、っては!?何その格好!?」
    「こんにちわ高尾君、随分可愛い格好をなさってますね」
    
    各々想像通りの反応が返ってきたところで、俺は箱から取り出したウィッグを二つ両手に持って「お前らこれがいんじゃね?」と
    笑った。
    
    
    
    
    
    
    
    結論から言えば、まぁ二人とも俺と同じように母さんに着替えさせられました。
    最後まで降旗はあわあわと「いや、でも俺そういう格好似合わないんで!あのホント無理なんで!ちょ、いやあああああおばさん服
    脱がせないでえええええ!!!」と。
    黒子は静かに「あの……いや僕そういうピンクとかちょっと……水色?あ、好きですけど、いや違います水色ならいいというわけでは
    なくてですねお願いです聞いて下さい」と懇願していたがどちらも当たり前に母さんには聞き入れられなかった。
    
    「大丈夫大丈夫!こういうの流行ってるんだって!」と母さんは朗らかに笑って言っていたが、だから母さんそれ流行ってるわけじゃ
    ないんだってば。
    
    「っていうか何これ!?ちゃんと説明しろよ高尾!!」
    「どうしていきなりこういうことになってるんですか」
    
    友達の家に遊びに来たと思えば挨拶もそこそこに女装を強いられた二人は、着替えが一段落ついて漸く俺に説明を求めることが
    許された。
    
    もう二人を見た時の母さんの目の輝きようったらなかった。あれはいい獲物が来たと喜び鼓舞する肉食獣の目の輝きと同じだったと
    思う。
    俺が楽しい楽しくないと思う以前にあれは止めようとしても止められなかったんだ。不可効力なんだ。すまん二人とも。超面白かった。
    
    「あ、写メ撮っていい?」
    「駄目です!」
    「ダメに決まってるだろ!!」
    
    全力で拒否された。ちぇっ。
    
    まぁ、そうした経緯があって事情も何も伝えられないままフリフリとした可愛らしい格好に着せかえられてしまった二人とリビングの
    ソファに向かいあって座ると、二人して
    
    さぁ説明をと迫って来た。
    説明という説明もないのだが、とりあえず母さんの職種と俺がどうしてこんな恰好をしてたのかという朝からの経緯。それと決して俺の
    趣味じゃないことを二人に話して聞かせた。
    大事なことなのでもっかい言っておこう。断じて俺にこの手の趣味はない。
    ちょっと面白いことが好きで余りない機会にちょっとテンションがあがってしまって嬉々としてワンピースを着てるように見えるかも
    知れないが、決して趣味じゃないから!
    普段からこんな恰好してるわけじゃないからね!ということをしっかり二人に言い聞かせてから、俺は冷蔵庫からジュースと
    シュークリームを出して二人の前に置いた。
    
    「でもマジごめんなー。いきなりビックリしたろ?」
    「ビックリどころじゃないですよ……」
    「本当だよ……。うー……なんか足スースーするー」
    
    スカートに感じる違和感が半端ないのか、降旗はさきほどからしきりに裾を引っ張っている。
    服はハイネックのクリーム色のインナーに、長袖のワンピース。勿論ワンピースの裾はフリフリだ。細部に色々フリルとか細いリボン
    とかついてるんだけど説明の仕方がわからないので割愛。
    全体的に白と濃いめの青という色合いで合わせてある。
    黒子もそうだが、降旗も俺と同様黒のタイツを履いていた。
    因みに二人ともそれまで「微妙、超微妙、つか似合ってない」って顔してたのがタイツを履いた途端に
    「うおすげっ!」って顔になったのを俺は見逃さなかった。
    やっぱすごいなタイツマジック。お世話になることはもうないと思うけど。
    
    俺が降旗に選んだウィッグは黒のセミロングだった。髪の先端は緩く内巻きに巻かれている。前髪はこの前妹ちゃんに貰ったピンで
    止めてやった。
    普段は茶髪の降旗の髪が黒いというだけで大分印象が変わって見えた。
    
    「ていうかなんで僕らまで……」
    
    それは母さんについてるなんかのセンサーが凄まじく反応したからだろうと言わざるを得ない。
    まぁ俺と同様母さんもテンションが上がっていたのだろう。
    ひと段落ついてから自分が酷く無作法なことをしてしまったのに気付いたようだった。
    
    「ごめんね~、いきなりだったわよね。なんかもう可愛い子見てテンション上がっちゃって……お詫びにケーキ買って来るから
      女子会楽しんでねっ」
    
    と言ってケーキを買いに行ってしまった。絶対ごめんなんて思ってねぇよあの人。女子会ってなんだよ
    しかも「その格好のままでいてね?」と笑顔で凄まれたので俺達は着替えることも出来ないまま、ジュースとシュークリームを
    食べながらダラリと時間を潰していた。
    
    「でも黒子はホント違和感ねぇよなー」
    「あぁそれはオレも思った」
    
    違和感がない、と言われた黒子はとても微妙そうな顔で「嬉しくないです」と呟いた。
    降旗もやっぱりそこまでの違和感はなかったけど、黒子の方は想像以上だった。
    元々が童顔で目も大きいからか、顔に関する違和感はほぼゼロだと言っていい。
    ウィッグは黒だとちょっと重いかなぁと思って茶色にしてみたのだが、それがいつもより顔を明るく見せていてよく似合っていた。
    前髪パッツンで茶髪のボブで……やー、いるよこういう子。
    
    服は、黒子だけがロングスカートだった。
    ふくらはぎの半ばぐらいまでの丈で、パッチワーク生地っていうの?いくつかの生地を組み合わせたみたいな奴。青と水色と白を
    使った似たような花柄の生地がいいバランスで何枚か使われている。
    黒いインナーに、もう一枚紺と白のストライプの服を重ねていた。
    襟首にレースがあしらってあり、袖口はちょっと長く所謂萌え袖になって、なんかクシュクシュッとなっているのが可愛い。
    
    「そのまま外歩いても誰も男だと思わないんじゃね?」
    「あー」
    「あーじゃないです。一発でバレるに決まってるじゃないですか」
    
    黒子はそういうけど、この格好でマジバでバニラシェイク啜ってたら……。
    
    「女子だろー」
    「女子だなー」
    「……いい加減イグナイトかましますよ二人とも」
    
    黒子の目がちょっと本気だったので悪い悪いと謝っておく。
    
    それからリビングで部活のこととか色々話して、持ってきた携帯ゲームを取りだして通信したりだとか。
    最近やりだしたスマホのアプリゲームを降旗もやってて、それがクソ強かったりしてひとしきりすげぇやべぇとはしゃいで丁度一息
    ついた時に母さんが帰って来た。
    
    「ただいまー」
    「お帰り~」
    「お帰りなさい」
    「あら皆でゲームしてたの?もう、女子力の欠片もないんだから」
    「いや母さん俺ら男だからね!?」
    
    なんかノリで女装とかしてるけども!
    ていうかそろそろ本気で女装してることに違和感なくなってきた。なんかこの格好のこと忘れて新聞とか取りに行っちゃいそう。
    
    気をつけないとなぁと思いながらカウンターキッチンに荷物を下ろした母さんに近づくと、ケーキが入ってると思わしき箱を拝借した。
    周りには他にも色々と買い物袋が置かれている。ついでに買い物なんかも済ましてきたらしい。
    
    「ケーキあんがとねー、これ全部貰っていいの?」
    「あ、妹ちゃんの分も買ってきたから残しといてあげて」
    「オッケー」
    
    片手にケーキが入った箱、片手に小皿とその上にフォークを乗せてリビングのテーブルに戻った。
    取り皿を各々の前に置いてケーキの箱を真ん中に。
    俺が箱を開けると、おいしそうなケーキが全部で6個綺麗に収まっていた。
    
    「ごめん苺のショートケーキは妹ちゃんに残しといてあげてくれる?あの子の好物だから」
    
    それ以外で好きなのどーぞと言えば、二人がどれどれと中を覗く。
    よくバニラシェイクを飲んでいる黒子はともかく降旗もそこそこ甘いモノは好きらしい。
    じゃあこれと嬉しそうにフルーツたっぷりのタルトを、続いて黒子がレアチーズケーキを手に取った。
    
    「すいませんおばさん、御馳走様です」
    「ありがとうございます!」
    「いーえー、そこのケーキすごくおいしいのよ。味わって食べなさいね」
    
    母さんの声に黒子と降旗が「はい」と返事をする。
    その前で俺は、必死に笑いを堪えていた。
    
    いやだってこれは笑うって!もうなんか、女子なんだもん!行動が女子なんだもん!
    ジュースとケーキ目の前に嬉しそうに笑って、んでケーキの食い方もなんか可愛いんだ!
    あんまり食事の時とかも大口開けてかきこむタイプじゃないのは知ってたけど、食う時もちょっとずつだし。
    多分服を汚してしまわないようにだろうけど左手を受け皿に口の下に持ってったりとか。
    
    「あ、キウイ入ってる……」
    「キウイ嫌いなんですか?」
    「ちょっと苦手。舌ビリビリしない?」
    「そうですか?おいしいと思いますけど」
    「黒子キウイ大丈夫なんだ?じゃあこれ食べてくれたりしない?」
    「いいんですか?じゃあ頂きます」
    「どうぞどうぞ」
    
    「じゃあ降旗君もこっち一口どうぞ」
    「え!?でも俺嫌いなもの食べて貰っただけだし」
    「まぁ結果的に一口頂くことになりましたし。こちらもおいしいですよ。是非食べて欲しいです」
    「ホント?じゃあ一口……あーうまい、ありがと黒子」
    「いえいえ」
    
    これはなんていうか……目の保養だわー。
    なんでこんな可愛いのこの二人。やばいマジ女子会じゃねぇかこれ。え、俺ここ居ていいの?「ちょっとお前空気読めよ男が」状態に
    なってない?大丈夫?
    
    キャッキャッとケーキを食べ合う二人を見てニヤニヤ笑いながら、俺も自分の分にと取ったチョコケーキにフォークを突き立てる。
    チョコのスポンジの間にチョコクリームが挟まっていて、それをまた違う種類のチョコクリームでコーティングしてあるこのケーキは
    俺のお気に入りだ。
    甘さ控えめでうめぇんだよなぁ。
    二人のキャッキャッには入れる自信がなかったので、何も茶々をいれず一人で食べていたら、黒子に「高尾君」と呼ばれる。
    
    「一口いかがですか?」
    
    おいしいですよ、と自分のケーキをフォークに乗せてはいと差し出してくる。
    
    ……うーん黒子。お前も一見じゃよくわかんなかったけど、十分その格好に毒されてるよ。
    俺が苦笑すれば、奴は悪戯っぽくフフっと笑った。
    
    「こーいうのは旦那にしてやれよー」
    
    黒子に差し出されたケーキを有難くパクリと頂いて、お返しに自分の分を一口差し出しながら俺は冗談交じりにそう言った。
    
    「今の僕を見て、火神君僕だってわかりますかね?」
    「んー?んー、いやわからないんじゃないかなぁ。オレだったらわかんない。てか黒子が女装してるとまず思わない」
    「ちょ、それ言ったら終わりだって!」
    
    確かにもし街でこの格好をした俺とすれ違っても、向こうはまさか俺の女装だとは思わないだろう。
    似てるなとは思っても、きっと「この前お前に似た女とすれ違ったぜ」で終わるはずだ。
    でもまぁじっと観察されたらバレるだろうけど。
    
    黒子はもぐもぐと口を動かしながら「このチョコケーキおいしい」と呟いた。
    どうやら黒子も俺のお勧めを気に入ったらしい。いやだってマジでうまいんだよこれ。
    
    「ねぇ和成ちょっとこっち来てー」
    
    二人にケーキ屋の名前と場所を教えてやっていると、キッチンから母さんに呼びつけられた。
    「ちょっとごめん」と二人に断りを入れてから母さんのとこに行った。
    
    「何?」
    「はいはいここ座って、パパッとメイクしちゃうから」
    
    母さんに腕を引かれて言われるがままに椅子に座れば、なんでもないように爆弾発言を落とされて俺は反射的にそこから立ち上がった。
    だが肩を押さえこまれ再び無理やり椅子に座らされる。
    てかまだ続いてたのかよあの話!!と振り返れば、ちょっと不貞腐れたような母さんの顔とこんにちわした。
    
    「メイクさせてくれるって言ったじゃない」
    「あれはその場のノリっていうかっ」
    
    ノリっていうか、ってか完璧ノリだったろ!
    
    助けを求めるように黒子と降旗へと目を向ければ、何か面白いことが始まったとばかりにニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
    残念ながら助けてくれる気はゼロらしい。
    毒されておる……毒されておるよ二人とも……ちょっとさ、え?とか、マジで?みたいな反応が欲しかった。
    なんでそんなワクワクしてるの。おかしいでしょ。
    
    目の前に並べられた化粧品と思わしきものの中から母さんは一つのボトルと手に取ったのを見て、俺は諦めた。
    
    ―――どんなんなんのかなぁ。
    
    プラスやっぱりちょっとワクワクしてた。
    俺の根っから面白いモノ好きの血って誰譲りなんだろうなー。母さんかなー。
    
    
    
    
    
    
    
    (で、今俺どうなってんのよ)
    
    今の俺の進行状況を伝えたいんだけど、何をされてるのかイマイチよくわからないので説明が出来ないです。
    ちょっと俺今何されてんの。どうなってんの。
    
    カウンターキッチンでメイクを施されている俺から、リビングでこちらをじっと見ている二人が真正面に見えた。
    向こうも同じで、ちょっと体と顔を左へ向ければ俺が真正面から見える。
    二人とも食い入るように俺の方を見ていて、時折おぉ……と声を上げるから今の自分の顔がどんなになってるのかすげぇ気になる
    んだけど。
    
    化粧を始めてそろそろ15分くらい経ったのかな?多分だけど。
    
    俺がわかったのは、ファンデーションは塗ってないってことくらい。
    でもなんか一回顔に塗られたけどあれはなんだったんだろう。下地とか言ってたけど。
    
    「あんた達はまだ全然肌もキレイだから、やっぱり基本はアイメイクよね」と母さんが言ってた。
    ……うーんちょっと気になる言葉が入ってたけど、まぁそこはまだツッコまないことにしよう。黒子と降旗は気付いてないみたい
    だし。
    兎に角俺がわかることはなんかしきりに目の周りをいじられてるってことだけだ。
    
    「それじゃつけま乗せるわよー」
    「おー」
    
    色々塗られてた時も、よくわからない棒瞼にぶっ刺されながら「二重になれ~」とか言われた時も二人の反応は中々面白いもの
    だったが、このつけまを付けられた時が一番大きな反応があった。
    
    「うそおおおおお!え、何こんな変わるもんなの!?」
    「……これは、メイクって恐ろしいものなんですね」
    
    二人の驚嘆の声に思わずびくりと肩が震えた。
    え!?何々どうしたの?何があったの?俺どうなってんの?
    
    「鏡!鏡!」
    「ダメダメ!まだ後のお楽しみよ」
    
    俺の鏡要求はニコニコと楽しそうに笑う母さんに即却下された。
    どうなってんのかマジ気になる。と黒子と降旗に目を向けると、二人とも何かぽや~とした顔で俺のことを見ていた。
    
    「えー……ちょっとマジで可愛いんだけど……」
    「予想以上ですね。緑間君に見せたいです」
    「え?似合ってんの?俺マジ可愛くなっちゃってる系?嘘やばいすっげえ気になんだけど!!」
    「とりあえず喋らないで貰えますか」
    
    黒子に辛辣な一言を貰って俺は撃沈した。ひどい、喋るなとか俺死んじゃうんだから。
    そう言えばあぁ確かにと納得された。ちょっと黒子に俺に対するイメージを一度根掘り葉掘り聞いてみたい。どんだけ喋ってる
    イメージだよ。まぁ喋ってるけど。
    
    「はい、終わり。じゃあ次は黒子君ねー、こっちに座って」
    「え?」
    
    あ、やっぱり来たと思う。
    さっき「あんた達」って言ってたから、絶対この二人にも魔の手がかかると思ってたけど。
    俺はさっさとリビングに戻るとほらほらと黒子をせっついた。
    ちょっと助けてみたいな目を向けられたけど気にしない。先に俺を見捨てたのはお前らだぞ。
    降旗もこの順番だと次はオレかーみたいな顔してる。こっちはもう諦めて抵抗する気はないようだ。
    
    そのまま黒子、降旗と順々にメイクを施されている間、俺は自分の顔を見せて貰えなかった。
    全員終わった後のお楽しみだそうだ。
    瞬きをするたびにパシパシとつけ睫毛がその存在を俺に教えてくる。
    これもさっきまでの女装と同様、慣れきって気にならなくなるのだろうか。
    
    隣ではメイクが終わった黒子が同じようにしきりに目を気にしていた。
    うーん、女の子は大変だなぁ。
    
    そんなこんなで、降旗までメイクが終わると、俺と黒子に裏側を向けた美容院とかで見るような大き目の手鏡を渡された。
    降旗は最後の仕上げがあるからと洗面台に向かった。
    
    「はい、じゃあ母さんの力作御覧なさいな」
    
    俺は黒子と顔を見合わせると、せーのっ、と鏡をくるりと手の中で回した。
    
    
    「ブファwwwwwwwwwww」
    
    そして話は冒頭に戻る。
    俺はいつもの一重瞼が二重になりまつげを増量されただけですっかり変わってしまった自分の顔に噴き出し、黒子は色んな角度から
    鏡を覗き込んでいた。
    
    洗面台に行っていた降旗が淵の黒いコンタクトをつけて戻ってきて、その変わりようにまた驚き俺の中でなんとも言えず
    テンションが上がって行く。
    全身鏡に全員並んで映ってみると、それは自分の目で見ても中々悪くないんじゃないかと思うもので。
    
    
    お散歩デビュー。
    
    
    調子に乗った俺の言葉に少し驚いた様子だった二人も、二つ返事で頷くぐらいには調子に乗っていて。
    初女装に初メイクまで一気にクリアした俺達は、果敢にもその姿での初散歩として近所のショッピングモールへと向かうことに
    なったのだ。
        

当サイトは以下の条件で動作確認を行っております。

windows8/enternet explorer11/firefox 26.0/解像度1366×768

推奨環境:enternet explorer8以上、解像度980以上

All rights reserved ポウ.