「高尾、実はお前に黙っていたことがあるのだよ」
	「え?何?」
    「俺は悪魔だ」
    
 
    いやぁ、突然過ぎる奇妙キテレツこの上ない告白に、戸惑う通り越して言葉とか失くしたよね、マジ。



誰が予想しただろう

    
    
    
    「いやいやいやいや緑間サン!?ちょ、お前そんな斜め上にブッ飛んだ冗談スキル誰に植えつけられたの!?
      んでなんで受け入れちゃったわけ!?」
    
    そう言ったのが、例えばクラスで馬鹿言いあうだけのノリの軽い奴なら「あはは厨二病乙☆」と笑い飛ばせただろう。
    また例えば赤い髪とハサミがトレードマークのボクサカオヤコロとか言っちゃう奴だったならば、あぁそうなのか
    まぁそうだろうなと納得も出来た。
    
    「赤司は普通の人間だ。……いや、普通かは知らないが、とりあえず人間だ」
    「そこじゃねぇよ!てかちょっと気弱になってんじゃねぇよ!?」
    
    悪魔なんだろお前!いや勿論信じてねぇけどな!?そこまで単純じゃないけども!
    
    にしても一体いきなりなんなんだと俺は目を瞬かせた。
    いつも通りの部活帰り。先ほどの信号待ちで通算(多分)256回目の連敗記録を更新し、もういつも通りになってしまった
    チャリの運転手をしていた。
    後ろに引いたリアカーに当然とばかりの顔で乗り込んでいる緑間も、これもいつも通り。
    
    大体は息を切らせながら俺が話しかけ、そんな健気な俺に緑間は辛辣なツンで返しそれが俺がつっ込む。
    ああ、いつもとなんら変わりない帰り道だ。
    変わらなかったはずだ。先ほどの緑間の発言までは。
    
    その発言は本当に前置きもタイミングもあったもんじゃなかった。
    ただそう言えばとでもいう風に緑間が声を上げ、どうした?と促せば返ってきたのがこれ。
    先も言ったが、これが他の誰だろうとここまで目を見開き驚いたりしない。
    それを言ったのがこの緑間真太郎という男だからして、俺はもう自分の耳がおかしくなってしまったのかと疑うほどに
    信じられないのだ。
    
    「お前そんなキャラじゃないだろ?誰にそんな突拍子もない冗談のレクチャー受けちゃったの。高尾君に教えてみなさい」
    
    緑間は普段決して「俺は悪魔だ」とかそんな厨二病も真っ青な発言をする男ではない。断じてない。
    いつも冗談とは程遠いところにいて、堅物過ぎて面白くないところがなんていうか俺にとっては面白い。そんな奴なのである。
    だから緑間の今の発言には、普段から相棒として隣にいる自分にとってはちょっと聞き捨てならないものがあった。
    子供に、どこで虫に刺されちゃったの?公園?と心配するような親の気持ちというか、まぁそんなものだと思って
    貰えればいい。
    
    「冗談ではない。本当のことだ」
    
    緑間はさも心外だというように眉間に皺を寄せてそう言った。
    そんな顔をしたいのはこちらの方だと俺は内心でだけ呟いた。
    
    「……あー、じゃあそうだなぁ、悪魔って例えばどんな?」
    
    このまま押し問答を続けても仕方がないと、俺はとりあえず緑間に乗ってやることにした。
    もしかしたら緑間なりに何かを例えた比喩なのかも知れない。
    わからないものはもう少し掘り下げて話しを聞いてみる。時々小難しいことを口にする緑間への俺の常套手段だ。
    
    緑間は大抵「これだから馬鹿は」と言いたげにため息をつくが、大体はきちんと説明してくれる。
    この時の緑間にはそのため息はなく、逆にそうだな……と思案するように眼鏡のブリッジを押し上げた。
    
    「俺は、どちらかというと希少種でな。普通悪魔と言えば人に憑りついて悪さをしたり、人からの呼び出しに応じ契約を交わし、
    願いを叶える変わりに契約主の魂を貰う。聞いたことはあるだろう?」
    「あー、まぁ……」
    
    悪魔払いとか、悪魔との契約とか、確かにテレビで見たり映画とかでもよくあるけど……。
    俺はそういうの、どっちかっていうと信じないタイプだし、薄い液晶の向こうの架空のものだと思ってる。
    だから大凡何が言いたいかはわかるものの、それを丸っきり実在するものとして話す緑間に、俺は返事しづれーなと思いながら
    相槌を返した。
    
    「だが俺はそう言ったことはできない」
    「できねぇの?」
    「あぁ。俺はあくまで人間だからな。向こうの世界を住処にしている悪魔達とは違う」
    
    なるほど、わからん。
    俺はごちゃごちゃになりそうな頭を無理やり整理して「えーと、真ちゃんは人間であり、悪魔でもあるの?」と聞いた。
    
    「まぁ簡単に言えばそういうことだ」
    
    簡単に言えばって……ちょっと待って本当に理解が追いつかない。ヤバイ。
    俺は一端チャリを止めると緑間と向き合った。
    こうなったらもうとことんまで話しあわねばならぬと、俺はふぅと息を吐いた。
    
    緑間の方も急に運転をやめた俺を訝しげに見るでもなく、寧ろやっと真面目に話を聞く気になったかとでも言わんばかりの
    態度だった。
    
    「今のとこ真ちゃんは人間と悪魔どっちの部分もあるってとこだけわかってる。それは、精神面の話?」
    
    まぁ言わば天使と悪魔二つの顔を持つ、とかいうやつだ。
    そういう、人が持つ善意と悪意のたとえ話?と俺は緑間に尋ねた。
    
    「違う」
    
    即答した緑間に、再び質問を重ねる。
    
    「何か悪魔特有の力とか使えるわけ?」
    「ああ。普通の人間ぐらいなら軽く殺せる」
    
    ……ごめん真ちゃん、その言い方、ちょっと洒落になんない、っていうか。
    
    俺はその時初めて背筋にゾッとしたものが走ったのを感じた。
    そんな俺の変化を察したのか「安心しろ、出来るだけだ。しようとは思わない」と淡々と緑間は告げた。
    
    緑間は、普段からツンケンとはしているが、狙って誰かを傷つけようとしたりすることはしない男だ。
    人間ぐらい軽く、殺せる―――緑間がこの言葉をどんな思いで放ったのか。俺にはわからなかった。
    
    「……なんでそんなこと、俺に言うの」
    
    もう性質の悪い冗談だとも思えなかった。
    それがわかるくらいにはこいつの隣に立ってきたつもりだ。
    
    どうするべきか。俺はじっと緑間の目を見た。
    こいつは冗談を言っていない。少なくとも本人には、冗談で言っているつもりはない。
    その言葉はただ事実を言っているのか、それとも虚実を事実と信じ込んでしまっているのか。俺はそれを見極めなければ
    ならない。
    
    「お前と契約を結びたい」
    
    緑間の言葉に、俺はポカンとした。
    契約?なんの?僕と契約して魔法少女になってよ!ってやつ?え、でも。
    
    「俺男だから無理だよ真ちゃん」
    「何の話をしている馬鹿め」
    
    ため息を吐かれた。え、俺が呆れられるの?だって俺男だし魔法少女にはなれねぇよ。
    
    「お前が何馬鹿なことを考えているかは知らんが、別に契約に男女どちらかのみなどという規約はない」
    「あ、そうなの?魔法男子でもいいの?」
    「……お前の言うことはたまにわからんのだよ。まぁ、いいのではないか」
    
    いいのではないかって、めっちゃ適当じゃねぇかよおい。
    契約、ってことは何かこいつと取引とするということだろうけど。
    緑間がいうに、こいつは悪魔だ。悪魔と取引と言えば、テレビだけの知識だけどいいものだとは到底思えない。
    
    「契約って言っても、俺お前と契約して叶えて欲しいこととかなんもねぇよ」
    
    願い事も、勿論誰かを呪い殺して欲しいとかも俺にはない。
    それに何故緑間が俺と契約したいと申し出てきたのかも、俺にはわからなかった。
    
    「なんで真ちゃんは俺と契約したいわけ?」
    
    思えば、真っ先にこれを聞くべきだった気がする。
    余りに唐突に言われてつい混乱して思ったまま口にしたわけであるが、あ、いやでも真っ先にあれが思い浮かぶのもどうなのよ。
    まぁそれは置いとくとして、とりあえずここを聞いておかねばなるまいと俺は緑間に返答を促した。
    
    「あぁ、好きだからだ」
    
    事もなげに言われた言葉はまたもや唐突で―――もういいよわけわかんねぇよなんなんだよホントなんなんだよと俺は持っていた匙を
    遥か上空へ放り出したくなった。
    
    
    
    
    
    それでもなんとか地に足つけて留まって10回ほど深呼吸して気持ちを落ち着かせた俺は、緑間から詳しい内容を聞きだした。
    突然そんなデレ爆弾落っことさないで欲しい。驚くを通り越して一瞬頭真っ白になっちまったじゃねぇか。
    
    なんでも契約を交わせば、悪魔である緑間が色んな脅威から俺を守る。その変わり俺は死ぬまで緑間の傍を離れられない
    というらしい。
    ありとあらゆることから守ってくれる変わりに、俺が緑間に捧げるものは自分の一生だ。
    
    なんだそれ……。
    
    「でも守るっつわれても……」
    「お前は今危ない所にいる。下手したら狙いをつけられ、そうすればお前は殺される」
    
    緑間は淡々と言った。
    ちょっと聞き間違いだと切実に思いたかった。
    黙っている俺に何を思ったのか、緑間が「だから俺が守ってやるのだよ」とのたまった。
    
    ……あぁ、多分これがさっきの「好きだから」という理由に繋がるのだろう。
    緑間の中で俺は近々誰かに狙われ殺される手筈になってるらしい。
    ツンデレの対比が9:1ほど(勿論9がツン)の緑間が今まで決して口にすることはなかったが、それでも少なからず
    自分を相棒だと認めてくれているということはわかっていた。
    好かれている自覚もあった。じゃないと心底迷惑と思っている男にじゃれつき続けるほど俺は空気の読めない男ではない。
    
    ここがハイスペックと言われる俺の腕の見せ所である。
    頑張れ俺、大丈夫だ。今まで分かりづらい緑間の態度だって容易に訳せてきただろう。ツンデレはもう慣れたはずだ。
    
    ―――さぁどこからツッコんでいきましょうかね!!
    
    あ、でもツンデレこじらせてヤンデレにシフトチェンジしましたとか言われたら俺もうどうしようもないわ。
    
    「因みにそれ、死んだ後とかはどうなんの?」
    
    とりあえず狙われる殺される云々は置いといて、当たり障り無さそうなところから切り込んでいく。いやでも大事なことだ。
    大体悪魔と契約すれば悪魔に魂を持っていかれるというのがセオリーだ。
    魂とか本当のところ存在するのかわかんないけど、なんかもう色々わかんないけど。
    けれど緑間は俺に一生を自分に捧げることがお前の対価だと言った。その一生というのは、生きている間ということ
    なのだろうか。
    
    「わからん」
    「はぁ?」
    
    緑間は大きくため息をついた。それはどこか俺に対して申し訳なさそうにしてるようにも見えた。
    
    「どういうこと?」
    「俺が勝てば、お前も俺も死んだ後人として成仏できる。行き先はどちらかはわからんがな。
      だが俺が負ければ……お前も共に堕ちることになる、と思う」
    
    俺は頭を抱えた。なんか今……新しいワードみたいなのが出てきた気がするんだけど。
    何勝ち負けって、お前何と戦ってんだよ。
    「堕ちる」ってことはあれか?地獄?いやでも先に緑間は行き先がどちらかはわからないと言っていた。
    死んだ後の行き先が二か所っていうのはあれだろ、大体天国か地獄だろ。
    ってことは地獄ではないわけだ。地獄でさえ、人であったものにしかいけない。
    本当か嘘かは知らないが、緑間はそう言いたいのだろう。
    
    となると、「堕ちる」とはどういうことなのだろう。
    事情を上手く飲み込めない俺の手に、緑間が自分の手を重ねた。テーピングに巻かれた左の指が自分の目に映る。
    
    顔を上げて合わせた視線の先、緑間の目は、今まで見たことのない真剣さを帯びていた。
    けれどそれがどこから来ているものなのかわからない俺には、その目が酷く恐ろしく見えた。
    
    「高尾、俺は今お前に間違いなく恐ろしい選択を迫っている。それだけは理解して欲しい」
    
    真っすぐな緑間の眼差しに、俺は少しだけ眉を寄せた。
    「何か」と戦っているらしい緑間と、「何か」に狙われ、殺される可能性があるらしい俺。
    
    「すぐにとは言わない、と言いたいところだが、実はそんな悠長なことを言っている暇はない。
      明日には答えを聞かせて欲しい」
    
    俺はその時妙な違和感を感じた。
    ―――らしくない、とでもいうのだろうか。
    
    「それ、どういうことなのか聞いといていい?」
    「それ……とは?」
    「時間がないっていうの。お前に今、何が起こってんだ。さっき戦うみたいなこと言ってたよな、何かに追われたり
      狙われたりしてるのか?」
    
    悪魔だとか契約だとかそんな云々、まだ信じ切っているわけではない。
    ただそれが事実であれ緑間が事実だと思い込んでいるだけであれ、こいつは今「何か」にビビっている。
    でもビビってるって本人に言っても、絶対納得はしないだろうなぁ。
    まぁこいつのプライドの高さを考慮して、警戒してると言いなおしてやろうか。
    
    とりあえずその「何か」が問題だ。
    もし精神的に「何か」に追い込まれて、緑間らしくなく幻想の世界に逃げてしまったのだとしたら、それこそ俺は
    早急に手を打たなければならない。
    今現在こいつの近くにいる奴らの中で、一番緑間真太郎という男を理解しているのは自分だという自負が俺にはあった。
    
    「なぁ、緑間」
    
    俺が重ねられた緑間の手を握り返した時だった。
    
    
    
    
    ザワリ、と風が……風が吹いた、気がした。
    
    
    
    
    
    ―――え?
    
    「っ!高尾!!」
    
    握った手を問答無用で緑間に引っ張られた。
    余りに突然のことに体がついていかずサドルで思いっきり太ももを打ったが、それを気にしている暇はなかった。
    
    「っ!は!?え、何!?」
    
    俺の手を引いた時にはもう立ち上がっていた緑間は、そのまま俺を抱え上げるとリアカーから飛び降りてそのままそこから
    距離をとったようだった。
    
    (!?マジかよ……っ!)
    
    一歩、後ろに跳び退っただけだった。確かに一歩だった。
    だけどその一歩で、今こいつは、一体何メートル下がった?
    
    フワリ、と着地した緑間は、俺を下ろすと自分の後ろに隠した。
    もう何がなんだかわかんねぇ!?なんだよ、何が起きたわけ!?
    
    俺は緑間の腕を掴むと「いきなりなんだよ!」と怒鳴りつけようとした。
    だがそれが言葉として口から出るよりも先に、俺の目はあるあるものを捕らえて、そんな言葉を紡いでいるところではなくなった。
    
    「……なんだよ、あれ」
    
    その変わりに出たのは、なんとか絞り出したというように掠れ切った声。
    一緒に心臓まで飛び出るのではないかと心配になるほどに、左胸がドクンドクンと暴れるように脈打ってるのを感じて酷く痛い。
    それは人の姿をしていた。人以外の何者でもないかのように、見えたが。
    
    ただ一点、瞳だけが白目が一切なく、闇の底のように真っ黒だった。
    
    「ひ……っ」
    
    真っ黒なその目がきょろりと俺と緑間の方を見て、思わず喉からひきっつった声が零れる。
    緑間の腕を掴む手にぎゅっと力が入った。その手の上に、緑間が大丈夫だとでも言うようにそっと自分の手を重ねる。
    そんな小さな行動に、わけがわからないながらも少しだけ安心した。
    
    「何の用だ」
    
    そいつは先ほどまで高尾が座っていた自転車のサドルの上に立っていた。
    あの時緑間が俺を引っ張ってくれなきゃ、今頃俺はあいつに捕まっていただろう。
    
    「何?……そうね、挨拶?」
    「挨拶、だと?」
    「あの方の器が、どれだけの力を持っているのか見ておこうと思って」
    
    ピクリと、緑間の手が動いたのがわかった。
    俺にはもう何が何やらだ。話に全くついていけず、ついでに言うと今自分が置かれてる状況についても全然わかってない。
    てかこれ、やばいの?やば……いですよね!?ちょっと誰かスタートボタン押してメニュー画面出してよ!!
    チュートリアルプリーズ!!もう混乱なうだよ!!
    
    そんな混乱しまくってても表面上は真顔で固まっている俺の横で、緑間とサドル上の女の会話は続いていた。
    
    「その分だとまだ契約はしていないようね」
    「……」
    「じゃあややこしいことになる前に、さっさと殺しとくわ」
    
    え?と思った時には、真っ黒な目が目の前にあった。
    
    二対の目が俺を覗き込んでくる。
    この女、今、なんて言った?
    
    ―――殺す?
    
    誰を、なんて……今女と目が合っているのは、俺じゃねぇかよ。
    
    「させるかっ!」
    
    緑間の声に、ハッと思考が引き戻される。
    バシャッ!!と何かが女にかかったのが見えた。
    女が酷い金切り声を上げて地面を転がったのを見て、俺は金縛りが解けたかのように慌てて緑間の前へと出る。
    
    「逃げろ緑間!」
    「!?何を言って……っ」
    「こいつが狙ってんの俺だろ!お前はさっさと逃げろ!!」
    
    何がどうなってのかさっぱりわかんねぇけど、この女が狙ってるのは俺だ。
    さっきもあれだけ近づいてきて、視界に入っているのは確かに俺だけだったのだ。
    だとすればこいつを巻き込む……ことになんのかは良くわかんねぇけど、けれどその時俺は緑間をこの場から逃がすことで
    頭がいっぱいだった。
    
    「聖水なんて持ってたのね、坊や……生意気なこと、するじゃない!」
    「おは朝に死角はないのだよ」
    「おい何悠長に話してんの!お前だけでも逃げろって!このままだとお前まで巻き込んで……っ!!」
    「それは違う、高尾」
    
    緑間の声が、静かに響いた。
    その声色は先ほども一度聞いたもので、俺はえ?と思いながら振り返る。
    すると奴は俺のすぐ後ろにいて、交わした目はどこか痛みを湛えていた。
    
    「俺が、お前を巻き込んだ。俺が……お前を好きになったからだ」
    
    すまない、という緑間の声が耳元で聞こえた。
    次に感じたのは、頬を下から上に這う生温く湿った感触。
    
    「今よりこの者を、我が主と命ずる」
    
    カッと頬が熱くなった。何が起きているのかわからず、ただ緑間を見る。
    
    「契約は、結ばれた」
    
    は?なんで?俺了承とかしてねぇんだけど。何、契約ってそんな一方的に結べるもんなわけ?てか、え、契約?
    ポカンと間抜け面をする俺に向かって、緑間はベッと自分の舌を出した。
    ちょっと緑間何してんの今そんなふざけてる時じゃ……。
    
    「え、何……それ……」
    
    緑間の舌には、何か魔法陣のようなものが描かれていた。それがキラキラと輝きを放っている。
    暫くして緑間は口を閉じると、コクリと何かを飲み干したように喉が動いたのが見えた。
    
    「バカな……そんな、一方的に契約が結べるなんて」
    
    女が慄いたように後ずさった。
    やっぱりこんな一方的な契約普通は結べないのか、とぼんやり思う。
    
    どこか体がフワフワとしていた。
    先ほどまであれだけバクバクと煩かった心臓も、震えていた足も、今ではもうすっかり収まっていた。
    だがその変わり体に力が入らず上手く立っていられなくなり、崩れ落ちそうになる体を緑間が支えてくれる。
    
    「あぁ、出来るようだな。……良いのか悪いのかはわからないが」
    
    今この瞬間だけは、とりあえず感謝しておこう。
    緑間はそう言うと女に目を向けた。
    すっとその手を女に向かってかざすと、女はビクリと体を震わせチッと舌打ちを打った。
    
    そして突然グワッと口を開いたかと思うと、そこから吐き出されるように真っ黒な煙がブワァと空中に広がった。
    そんな異様な光景を、俺は成す術もなく、また恐怖すら感じられずただぼぅっと見てるだけしか出来なかった。
    口から出たその煙は瞬く間に地面へと吸い込まれ、跡形もなく消えた。
    それと同時に、女の体がどさりと地面へと倒れ込んだ。
    
    「逃げたか」
    
    緑間が軽く息を吐く。
    
    「真、ちゃん……?」
    
    俺が呼ぶと、緑間はゆっくりと俺に目を向けた。
    その目は先ほどの痛みを湛えた目ではなく、決意を込めた強い目で。
    そんな緑間らしい眼差しに、俺は何故か泣きたくなるほど安堵した。
    
    
    
    
    
    気付けば、俺はリアカーに乗せられていて、ガタガタと揺れる振動にあれ?と思った。
    運転席を見てみれば、いつも自分がいる場所には緑間がいて、どうやら奴がチャリを漕いでるらしいとわかった。
    
    「真ちゃん、俺」
    「気付いたか、あの後暫く気を失っていたのだよ。まぁ無理はない。あんなことがあった上、半ば無理やり契約してしまったからな」
    
    契約?……っそうだなんか、緑間と悪魔だの契約だの意味のわかんない話ししてて。
    したらなんかわけわかんないのに襲われて、なんか……なんか、わけわかんないことになって!
    
    「わけがわからないんですけど!?」
    
    俺はもうそう叫ぶしかなかった。
    
    チュ―トリアルもさせて貰えず、説明書も見せてもらえなかった俺にはあの時何が起きたのやら全くついていけてなかった。
    とりあえず説明しろ!と緑間に言い募ると、うるさい叫ぶなと叱られながらも一通り先ほどの展開の説明をされる。
    
    「あの女には悪魔が憑りついていた。女自体は人間だ。そしてあの悪魔は、お前を狙っていた」
    「なんで俺が、悪魔になんか狙われたんだ?なんも心当たりねぇよ?」
    「さっきも言っただろう。俺が好きになったからだと。あの悪魔がお前を狙ったというのは事実だ。だが、元を辿れば、
      あいつらの狙いはそもそも俺なのだよ」
    「……どういうことだ?」
    「俺に恐怖と絶望を与える。それが、あいつらの目的だ」
    
    緑間に、恐怖と絶望を与える?
    
    俺が「何か」に狙われ殺されると言った緑間。そして緑間が戦う「何か」。
    「あいつら」と緑間が言う―――悪魔。
    「何か」とは緑間の中で作られた架空のものでもなんでもない、実在する悪魔だったのだ。
    
    「好きな人を、目の前で殺される。想像さえしたくないことなのだよ」
    
    そこで漸く、緑間が俺が殺されると言った理由に納得がいった。
    
    悪魔達は、どうしてかはわからないが緑間を苦しめたがっている。
    この表現が合っているのかどうかわからないが、恐怖と絶望と与えるってことは、まぁそういう意味だろう。
    
    その苦しめる方法として、俺を目の前で殺そうとした。
    親友である俺を殺せば、さぞかし苦しむだろうと、そう考えて。
    
    「そこまではわかった。で、なんでお前あの時一方的に俺と、契約?とかしたんだよ」
    
    一度緑間は俺にお伺いを立てている。
    ということは、こいつは少なくともその時に無理やり俺と契約を結ぶつもりはなかったはずだ。
    
    「……一つは、契約は言わば所有印の役目を果たす」
    「所有印?」
    「言っただろう。契約を結ぶ際の俺のお前への対価は、お前をあらゆることから守ることだ。契約を結んでいれば、
      離れていてもある程度ならお前に迫る危険を察知することが出来るようになる」
    
    ……わかるような、わからないような。
    つまりは俺を守る為に緑間に俺センサーがつくということか。
    うわ、なんか気恥ずかしいな、この言い方。
    
    「お前はもうあちら側では有名人になってることは明白なのだよ。それならお前がぼけっとしている間に
      さっさと契約を結んだ方がいいと思ってな」
    「ちょ、言い方!」
    
    ケロッと言いやがって!だからって何の説明もなしに一方的にそんなの結ぶか普通!?
    いやこういう世界の普通ってどんなんなのかわからないけどさ。
    
    まぁ、悪魔達の間で俺が指名手配されててそんな俺を守るためにと言われれば、簡単に責められない気もするが。
    
    「後一つは、あの時俺にあの悪魔に対抗出来る力がなかったからだ」
    「対抗出来る、力?」
    「ああ。俺は人間だ。お前には悪魔だと言ったが、実際は少し意味合いが違う。悪魔の素質があると言った方が近いかも知れない。
      だから脚力や腕力が人より強い他は至って普通の人間なのだよ。まぁその力も所謂火事場の馬鹿力と言う奴で、
      コントロールが効かないから滅多に使わないがな」
    
    じゃあバスケには関係ないんだ。ちょっと安心した。
    使えたとしても緑間はそういう卑怯な手とかすごく嫌いな奴だから、絶対使ってないんだろうなぁとは思ってたけど。
    
    確かにさっきの後ろへ飛び退ったあの緑間の跳躍は、普通の人間のそれではなかったと思い出す。
    
    「さっきも言ったが、あの女は悪魔が憑りついてただけで普通の人間だった。だが俺には悪魔自体をどうこう出来る力は
      なかった」
    「でも近づいて来た時、真ちゃんなんかあいつにぶっかけて引かせてたじゃん。あれじゃ駄目だったわけ?」
    「あれは聖水だ。魔を払う力を持っていて悪魔には効くが、所詮ひるませるぐらいにしか使えないのだよ」
    
    なるほど、聖水か。これはまた中々メジャーなオカルトグッズの名前が出てきたものだ。
    本当にそういうの効くんだなと思いながら納得する。
    後やっぱりおは朝はすごいなと再認識した。
    今朝「ラッキーアイテム聖水とかwww何に使うんだよwww」とか言って笑ってごめん。
    いやぁ偉大だわおは朝。もう怖いわ。あれこそ悪魔かなんかじゃねぇの。
    
    「じゃあ俺と契約することで、お前なんか技増えたの?」
    
    俺がそう言うと、「見せる前に逃げられたがな」と緑間は少し悔しそうに言った。
    あーそうだよなぁ。折角新技身に付けたのに披露する前に逃げられるとか腹立つもんな。
    
    「お前と契約を交わすことで、俺はよりあちら側に近づいたのだよ。悪魔を祓えるのはエクソシストと、悪魔だけだからな」
    
    悪魔が悪魔を祓えるということに、俺は少し驚いた。
    
    「んなこと出来んの?」
    「ああ。と言っても普通の悪魔同士ですることは滅多にない。利益がないからな。だが、出来る。俺は力が強い方らしいから、
      大抵の悪魔は祓えるのだよ」
    「おぉ力強ぇんだな!さっすが頼りがいある~♪」
    
    ピューと口笛を吹けば「茶化すな」と怒られた。
    
    
    
    にしても、えらいことになってしまったなぁと思う。
    ガシガシと頭をかいて小さくため息を漏らした。
    
    あんなのを見せつけられてしまったのだ。もうこの悪魔やらなんやらのオカルト事情を信じないわけにはいかない。
    いやでもまだ夢オチという展開もあるかなぁ、というのも期待してたりするけど、多分これはやっぱり現実なのだろう。
    
    「……すまないな」
    「ブフォwww」
    
    チャリを漕ぐ緑間が、らしくもなくそんな殊勝な言葉を吐くから、俺は思わず噴き出してしまった。
    案の定緑間は「笑うな!!」と怒っていたが、そんなこといつものことで俺は構わずケラケラと笑い続けた。
    
    そうだ、いつもと変わらない。悪魔であれなんであれ、緑間は緑間だ。
    
    「巻き込んだとか、思うなよ。どうせお前あんなこと言っても俺と契約なんてする気さらさらなくて、何も言わず
      離れてくつもりだったんだろ?」
    
    緑間はグッと押し黙った。
    わかるよ。契約とかのことも俺に詳しく話すつもりもなかったんだろ。
    
    それでも、緑間は俺に悪魔であることを話した。らしくもなく負けることがほぼ確定している賭けを、
    こいつは俺に持ちかけてきたのだ。
    本当は優しいお前が俺を巻き込んででも離れたくないと、涼しい顔しながらも今の学校生活を手放したくないと
    思ってくれていたのならって、そう考えて俺はすごく嬉しくなってしまったから。
    ぶっちゃけあの悪魔女には、感謝すらしてる。
    多分あれがなかったら俺は緑間の言葉を完全には信じず、契約のこともなんだかんだ言ってはぐらかして答えなかったはずだ。
    
    それに。
    
    「守ってくれんだろ」
    
    意識を手放す前に見た緑間の顔。腹を括った目してたろ、お前。
    
    「巻き込まれてやるよ。契約して、俺が主人だから、お前はさしずめ執事ってとこかな」
    
    悪魔な執事。いいじゃん。誰かさんと違って下僕と言わないところに俺の優しさを感じて欲しい。
    けれどまぁこれからもチャリを漕ぐのは俺で、こいつの分のおしるこを買ってくるのも俺なんだろうけどな。
    
    まぁあれだ。契約とかしたところで、俺らの関係は何も変わらないってことだ。
    
    「執事の意味がわからないのだよ。まぁ、守る云々に関しては、愚問だ」
    
    もうすぐで俺の家に着く。いつもならまず緑間の家に寄って本人とリアカーを降ろしてから自分の家に帰るんだけど、
    今日はあんなことがあった直後だし流石に緑間も俺を一人で帰そうとは思わなかったんだろう。
    
    「あと、」
    
    緑間がチャリを停止させた。
    それは俺の家の前で、緑間がそう俺に声をかけたのは俺がリアカーを降りた時だった。
    
    「お前を好きだと言ったな。お前は多分友人や相棒としてのそれだと捉えているんだろうが」
    
    緑間が俺の腕を引っ張った。
    気付けばすぐそばに、緑間の顔があって。
    え?と思う間もなく、その顔が近付いてきて。唇が、合わさった。
    
    ―――なんで、こんなことなってんの。
    
    もう今日何回目になるかもわからない驚きだったが、もしかしてこれが一番特大だったかもしれない。
    悪魔云々とかよりも吃驚するってそれどうなの。いやだって仕方ないじゃんあの緑間が、だぜ!?
    
    チュッと可愛らしいリップ音に、飛ばしていた意識が瞬時に戻って来た。
    
    「な……な……っ!?」
    
    わなわなと唇と震わせ、緑間の顔を見る。
    え、今あの唇が、俺の唇と……え、ちょ、あああああマジで!?
    
    「俺の好きという意味は、こっちだ。だから」
    
    ―――今までと同じ関係のままだと、困るのだよ。
    
    
    
    
    
    
    
    ポツンと佇む俺と、その横にはチャリと後ろに繋がれたリアカー。
    目線の先には、小さくなっていく緑間。
    
    最後に飛んでもない爆弾を落として行った本人はさらっとした顔で「明日からは俺が迎えに来る」と言い残してさっさと踵を返した。
    
    「……んだよ」
    
    ちょっと今日は不意打ちが多すぎる。もうまともな頭で考え事なんか出来ない。
    
    「家、入ろ」
    
    ふらふらと、俺はチャリアカーを庭に入れて玄関の扉を開けた。
    兎に角飯食って風呂入って、自分の家の布団でゆっくりしたい。
    
    
    
    
    「ただいまー!」
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    家族からの返事は、なかった。
      

当サイトは以下の条件で動作確認を行っております。

windows8/enternet explorer11/firefox 26.0/解像度1366×768

推奨環境:enternet explorer8以上、解像度980以上

All rights reserved ポウ.