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ことの起こりは、旅の途中立ち寄った宿屋での事。
最近久しく備品整理というものをしていなかったせいでパンパンに膨らんだ鞄を見て、カロルがその整理をしていた時だ。
いったん鞄の中のものを全部外に出している途中、見たことのない道具を発見したカロルは、部屋にいた者達に声をかけた。
「ねーこれ誰の?」
二枚の板で何かを挟めるようになっている形状のそれは、持ち手の部分に魔導器をはめ込むためだろうか、小さな窪みがあった。
原理ははさみなどと同じようだ。
持ち手の部分を握ると、少し開いているその板で何かを挟めるようになっていた。
ただ何に使うものなのかわからない。
「それ、アイロンじゃないです?」
カロルに近づいてそれを見つめながらそう言ったのはエステルだった。
今部屋にいるのはカロル、エステル、そしてリタだ。
自由時間となっている今の時間、レイブンとユーリは買出しに、ジュディスはそこら辺を散歩してくると言って外に出かけていた。
ラピードは主人であるユーリに付いていっている。
「アイロン?」
カロルが何それ、というようにエステルを見つめる。
「ちょっと貸して下さい」
「あ、うん」
はい、とカロルがそのアイロンと称された道具をエステルに渡すと、エステルはまじまじとそれを見つめた。
「やっぱりアイロンです」
「何に使うの?それ」
名前はわかったとしても、使い方がさっぱりわからない。
リタは自分も見たことのないその道具に少し興味があるのか、少し目を輝かせながらエステルに尋ねた。
「これは髪を真っ直ぐにしたり、カールをつけたりする時に使う道具なんです」
言うと、エステルは自分の髪を二枚の板の間に挟むと、持ち手の部分をぎゅっと握った。
髪をその板で固定したまま、まっすぐにすーっとそれを下ろしていく。
「それでまっすぐになるの?」
「今は魔導器がついてませんからなりませんけど、この窪みに魔導器をつけるとこの板の部分が熱くなるんです」
「なるほど、その熱の力で髪を無理やりまっすぐにするのね」
「あまりやりすぎると髪が傷んでしまうらしいですが、すごく綺麗にまっすぐになりますよ」
城にいた頃は自分も持っていた、というエステルに、きっと上階級の者の間ではメジャーなものなのだろうと納得する。
リタは髪なんて梳いときゃいいでしょ、という感じだし、カロルの髪の毛はその道具を使えるほど長くない。
かく言うエステルも髪は短くそんなに頻繁に使っていた方ではなかった。
ただ使うのは好きで、よくメイド達の髪を使わせてもらって色々試した覚えがある。
「で、用途はわかったけど…」
肝心なのは、誰のものかということだった。
今の3人のリアクションから、この中の誰のものでもないというのはわかる。
だとすると、今ここにいない3人の内の誰かのものだろうが。
「ジュディスじゃないの?」
リタが言う通り、エステルもカロルも一番可能性が高いのはジュディスだと思った。
ユーリやレイヴンは見た目にあまり頓着がない。
あまり、というか全くこういったものを使っているイメージはなかった。
「じゃあジュディスのが紛れ込んじゃったのかな」
この鞄はグミやボトル、他皆が使うものを入れるための鞄だ。
各々私物は自分で管理するようにしてある。
きっとどこかで紛れ込んでしまったのだろうと結論づけた時、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ただいま」
「あ、ジュディス。おかえり」
いいところに、と言うカロルに、ジュディスは首を傾げる。
「どうかしたの?」
「はいこれ、ジュディスのでしょ?」
紛れてたよ、とカロルに差し出されたものを見て、ジュディスは緩く首を振った。
「それ、私のじゃないわ」
「え?違うの?」
絶対に間違いないと思っていた3人が、ジュディスの言葉にきょとんとなる。
一方の彼女は自分のものではないといえどアイロンのことは知っていたのか、珍しいものがあるわね、と笑った。
じゃあこれは一体誰のなのか。
ユーリかレイヴン、ということになるが。
「どっちも使いそうにないよね」
特にカロルは宿屋などで二人と同じ部屋になることが多い。
寝起きで少し髪が跳ねているということはあっても、こんなものを使わずともユーリの髪はすぐに元に戻るし、
レイヴンはあの通りだ。まっすぐとは程遠い。
「誰かに貰った、とかでしょうか?」
「あーありえるかも」
誰か助けた時に、報酬と一緒に貰った、とか。
だとしたらユーリだろうか?自分達のあずかり知らぬところでも、あの放っておけない病は健在らしく色々しているみたいだし。
あの長い黒髪を見て、便利だろうと貰ったのかも知れない。
で、貰ったはともかく使わないしどうしようもないけど、捨てるに捨てられなかったから適当にこの鞄に放り込んでおいた、と。
そう考えれば、なんだかその線が一番有力な気がしてきた。
「じゃあユーリの、ってことになるのかな?」
「いらないのなら貰ってもいいのかしらね」
「欲しいの?ジュディス」
「私のは大分前に壊れてしまったから。いつも使うわけではないけれど、やっぱりあったら便利よね。リタも一度使ってみる?」
「え!?わ、私はいいわよ!そんなことしてる時間もったいないし!!」
ジュディスに急に話を振られ、リタは顔を赤らめながらもそう言った。
少し羨まし気に見えたのだと言おうとしたけれど、こういう乙女心は複雑だろうと
何も言わずジュディスはニコニコと笑うだけにとどめる。
「じゃあユーリに聞いてみたら?」
「ええ。そうするわ」
もうそろそろ帰ってくるでしょうし、とジュディスが言った瞬間、部屋の扉が開かれた。
「たっだいま~」
「ただいま。お、皆揃ってんのな」
紙袋を提げたレイヴンとユーリが扉から顔をのぞかせる。
とりあえず二人は手に持っていた荷物を床の邪魔になりそうにないところに置くと、
今日一日は自分のものであるベッドに腰かけた。
「ねえユーリ。これ貴方の?」
「ん?」
「これだよ。見覚えない?」
カロルにはい、と差し出された道具に、ユーリは首をかしげる。
まじまじと見てみるが、やはり最初になんだこれと思ったことには変わりなかった。
知らないけどと首を振ると、予想が外れたカロル達は首をひねった。
「えーじゃあホント誰のなのー?」
「え、少年ちょっとそれ」
「レイヴン?」
「あらら失くしたと思ってたらそっちにはいっちゃってたの。悪いね少年」
横からひょいっと手に持っていたアイロンを取られ、カロルは一拍遅れてえー!?と意外にもほどがあるといった声を出した。
「それレイヴンのなの!?」
「ん?何よー。そんなに意外~?」
「うん」
冗談めかした物言いにこれ以上なく真剣に頷かれ、レイヴンは些か肩を落とした。
まあ確かに自分がこれを持っているイメージはないのだろう。
ユーリはアイロンを知らないのかきょとんとしていたが、他のメンバーは驚いたという表情を顔いっぱいに作っていた。
「だってレイヴンこれ使うの?」
「使わなかったら持ってないでしょ。必需品なのよ?これ」
まあ過去形だけどね~と、アイロンの持ち手を意味もなくぎゅっぎゅっと握る。
最後に使った時以来見当たらないなとは思っていたが、それでもいいかとも思っていた。
使わないのなら、使わなくてすむのなら、それも悪くない。
「おじさま、騎士様の時髪の毛はまっすぐだったものね」
くすりと笑いながらそう言うジュディスに、レイヴンは苦く笑った。
「まあね。髪型変えるだけでも、結構ばれないもんなのよ」
そう言って手の中のアイロンをじっと見つめる。
全く、いい思い出などこいつにないはずだと言うのに、
カロルの手の中にあったこれを見たときによかったなどと思ってしまうなんて。
自嘲気味に笑ったレイヴンに、他のメンバーはかける言葉を探すように視線を彷徨わせた。
そんな中全く話題についていけていない人物が一人。
「……なあ、ちょっと簡単な説明くらい欲しいなあ、なんて思うんだけどさ」
なんだか重苦しい空気になっているのはわかるのだが、その原因がなんなのかがさっぱりわからない。
ちょっと控え目にそう声を上げれば、レイヴンが簡単に説明しようと口を開こうとして、
ちょっと何か考えたような素振りをすると、ニヤッと笑った。
「まあ青年には試してみた方が早いんでない?」
「はあ?」
「それいいです!!」
試すって何を、とまで言えないうちにエステルがパンと手を叩いてそう言った。
そのなんとも嬉しそうな声に、ユーリの胸にこれまたなんとも言えない不安がよぎる。
だが周りを見渡せば、ジュディスはにっこりと笑っているだけだし、
カロルはいいねやってみてよなどと言っているし、リタは我関せずと言った風だ。
些か不安ではあるのだけど、まあ別に害があるようなことでもなさそうだし、
まあいいかとエステルに手招かれるままユーリは部屋に備え付けられている三面鏡の前に座った。
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「……」
「あら意外と似合ってるわよユーリ」
「バカっぽい」
鏡の中に映る自分の姿に何故あの時素直に従ったのだろうと考えていたユーリに、
追い打ちのようにジュディスの言葉が放たれた。
その後リタがいつものようにボソリと呟いたが、その横顔はおかしそうに笑っている。
見慣れた自分の髪が、にこにこと大層嬉しそうなエステルの手によって、半分ほどくるくるとカールが巻かれていた。
しかもデュークのようなただのカールではない。
どこの令嬢だと言わんばかりの、見事な縦ロール。
「エ、エステル、ちょっと……」
これはないんじゃないかという声に、もはや返事すら返ってこない。
ただ黙々と縦ロールを作っていく彼女の顔は真剣そのものだ。
後ろでひたすら笑いを堪えているレイヴンを鏡越しにギッと睨みつけてやった。
だいたい全ての元凶はあのおっさんなのだ。
何が試した方が早いだ。こうなることわかってやがっただろうというユーリの心境が伝わったのか伝わってないのか、
レイヴンは後でクレープ作ってやるからと言ってきた。
食い物で釣るなんて卑怯だ、と思いながら、釣られる方もどうなんだというのは一応わかっている。
ただそのレイヴンの傍で申し訳なさそうな顔をしているカロルに、お前は悪くないよと思う。
このパーティのメンツのせいか、最年少なはずなのに色々苦労症な彼に内心同情した。
(お前は悪くないぞ。後で一緒にクレープ食べような)
心の中でそう思いながら、まあとりあえずユーリはさっきの重苦しい雰囲気の訳はなんとなく理解はした。
それは髪をいじられながら一通りカロルが説明してくれたからだけど。
「あ、そうだジュディスちゃん」
「何?おじさま」
「そのアイロン欲しいならあげるよ。おっさんもういらないから」
鏡の中で、レイヴンと目が合う。
にへらと笑った顔は、出会ったころの男の笑い方と何処か違っていた。
……何か釈然としないが、まあ。
「ユーリ、ユーリ」
「ん?どしたカロル?」
「なんか、ユーリにはすごく申し訳ないんだけどさ、僕こういうの好き」
いつの間にか近づいてきたカロルが、酷く嬉しそうな顔でそういったものだから。
「そうだな」
まあいいかなと思ってしまうのだ。
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