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*特殊設定あり(年齢操作、死ネタ、捏造家族)
それは小さな花でした
それは名も無き花でした
道行く人も気に留めぬ
炉端に生えた花でした
愛でられることもしないまま
摘み取られることもしないまま
それでもそこにありました
花を咲かせてありました
やがて花は枯れしぼみ
小さな種をつけました
やがて種は地に落ちて
小さな命になりました
それは小さな花でした
小さな白い花でした
緑の波を揺蕩うように
風にそよいでありました
ご覧よ、小さな花達だ
小さな名も無き花達だ
それでもここにあるんだよ
ずっと続いていくんだよ
どこまでも
どこまでも
どこまでも
題『小さな花』
作『高尾 和成』
布団の隙間からはみ出た手を優しく握られる。
もうあまり力の入らない目を、それでも無理矢理に開けば、眉を下げてこちらを見る妻の顔が見えた。
その横には二人の息子。どちらも立派に育ったもんだ。私は彼らに何をやれただろうか。まだ小さかった手を引いて歩いていたのが
つい先日なような気がするが。
その息子の向かい、私の左隣には女が二人。
一人の女の膝の上にはまだ幼い男の子が。またもう一人の女の横にはまだ幼さの抜け切らない少女が座っていた。
可愛い息子の嫁と、そしてこれまた可愛い孫達である。
心配しなくとも大丈夫だと、私は笑った。
妻の手を握り返す。自分ではぎゅっと握ったつもりだったが、実際には指先がピクリと動いた程度らしかった。
もうこの体も自由には動かない。
若いうちはあんなに走り回って無茶も出来たのにな。こんな風になるなんて想像もつかなかった。
だが、想像出来なかった状態だとしても、それは決してマイナスだけではない。
こんな、家族に看取られながら死ねるなど、そんな贅沢なこと思っても見なかった。
愛する妻がいて、立派に育った息子がいて、可愛い息子嫁がいて、愛らしい孫がいて。
どんなに自分は幸福だったろう。
どんなに、恵まれた人生だっただろう。
なぁ、そう思わないか。
目を閉じて、瞼の裏に浮かぶ姿にそう問いかける。
そいつは「当たり前なのだよ」と言いたげに口元を吊り上げた。
そうか。
じゃあきっと、お前もこういう感じだったんだろうなぁ。
目を開いて、自分の足元を見る。
寝転がっている自分の爪先の向こう。そこには見慣れた顔の女が座っていた。
その隣には、はていつ来てたのか。
「おじさん、俺だよ。わかる?」
私の目が自分を捉えたのが嬉しかったのか、そいつが私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
勿論と頷く。本当にこの子はあいつによく似ているな。視力は母親譲りか眼鏡は掛けていないが、緑の髪に正端に整った顔立ちは
間違いなく父親似だ。
……お前の、愛した者達だ。
お前がこの女性を連れて「付き合うことになった」って報告してきた時はすごく驚いたぞ。
だけど、安心した。この人を見た瞬間に、あぁ大丈夫だ、って思ったんだ。
私の感は当たっていた。実にいい嫁さんだ。
なのにお前と来たら感謝の言葉も言わずに不安にさせっ放しで、一回別れ話が出たときはどうしようかと思ったぞ。
まぁお前が素直になれば解決する話しだったんだがな。
結婚は私達の方が早かったな。
お前達はなんせもたもたと……私と妻がどれだけ力になってやったと思ってる。感謝しろ。
まぁだからこそお前達の結婚が決まった時は心の底からホッとした。やっと収まる所に収まったとな。
なのに子供はさっさと作りやがって。何度言ってもお前は否定したが、やはり間違いなくムッツリだ。
まぁさっさと作れとハッパかけたのは私だったがな。
あの子供もあんな小さかったのに今じゃこんなだ。優しい子だよ。そこはお前に似ても母親に似ても同じだな。
お姫様も見たかったがな、あいにく今日は出張中で来れないようだ。全く残念だよ。
あの子の方が中身はお前に似ていたな。真っ直ぐである意味無鉄砲で、素直じゃない頑張り屋さんだ。あの子が産まれた時から、
あの子が嫁に行く時はお前は大反対するだろうから、私はあの子の味方でいてやろうと思っていたんだぞ。あの子が、変な男を
引っ掛けてくるとは思わなかったしな。
なぁ、よく昔は一緒にキャンプとか行ったよな。
やんちゃ坊主3人にはよく手を焼かされた。
お前のとこのお姫様だけが唯一の癒しだったよ。
覚えてるか?釣りの時、エサにつけようとイトミミズつまみ上げたろ。その時姫ちゃんはまだ何歳だったかな?小学校にはまだ
上がってなかった気がするが。
初めて見たんだろうなぁ。すごく興味津々で、「これがお魚のご飯なんだよ」って教えたら、何を思ったかそれをパクっと
自分で食っちまってさ。
あの時のお前の慌てようったらなかったな。「早く吐き出すのだよ!!」って。
私は腹を抱えて笑っちまったよ。
そんな私を見てお前は「笑い事じゃない!!」って怒ってたがな。
そうそう、うちの次男坊とお前のとこの長男が小学校6年の時一緒のクラスになったの覚えてるか?
まさか授業参観にお前と並んで出席するとは思わなかったよ。
……懐かしい感じがしたな。あんな教室でお前といると、まるで昔に戻ったような気がして。
後ろに飾ってあった生徒達の創作詩をすごく真剣な顔で読んでたのが印象的だった。私達も確か高校の時に似たようなことを
したよな。
まぁあんな風に貼り出されることはなかったが。
どんな詩書いたっけ?って。どっちも覚えてないって言ったよな。そんな昔のこと、って。
ホントはさ、忘れてねぇよ。
忘れられるわけないじゃん。―――俺の、超大作。
お前は……。
お前は、本当に忘れてたのかな?
確かめる術は今の俺にはないけど。
でもな、俺後悔なんて全然してねぇから。
選んだ道も、選んだ思いも、何も後悔してない。それはきっとお前も同じだと思ってる。
ちょっと辛い時もあったけど、てかあったはずだけど、もうよく覚えてないし。
愛してたよ。
俺を作った全部、俺を支えてくれた全部を。
なぁ、こいつら可愛いよな。俺達が育てたんだぜ。俺達が―――残したもんだ。
でもそれは俺達だけじゃなし得なかった。
隣で手を握ってくれてる、俺の妻。
そして、足悪くしてるのにわざわざ来てくれたお前の妻。
あの人とは兄弟みたいなものでしょう?だって。まぁ確かにもう身内みたいなもんだよな。
そんな、仲良く俺達を包み込んでくれた、掛け替えのない最愛のパートナー達。頭も上がんなかったけど、何よりも俺達を支えて
くれていた。
そして、子供達もそんなパートナーをちゃんと見つけて、またその証を残している。
連鎖が繋がる。嬉しいよ。
俺今すげぇ幸せ。だから、後悔なんてしてない。
でもな。
―――心の何処かで、やっとだって思ってるってのもあるんだ。
お前にさ、やっと言えるって。
目を開く。これが最後だと、心の何処かでわかっていた。
ぐるりと、俺を囲む皆の顔を一つ一つ見る。
と言ってもすっかりぼやけてしまった俺の視界では、誰が誰かを認識するのがやっとってとこだけど。昔は目がいいことだけが
自慢だったのにな。
延命治療を拒み、自宅で家族に囲まれて過ごすことを選んだのは間違いではなかった。
本当ならここにお前もいてほしかったんだけど、お前、俺のこと置いてさっさと行っちまったからな。
俺がどんだけ泣いたと思ってんだ。絶対会ったら引っ叩いてやる。
てことでさ、もう行くわ。
最期に、俺は笑えていただろうか。
でも多分、妻が「あの人に会えたのね」と笑っていたから、多分笑ったのだろう。
―――久しぶり、真ちゃん。
ざぁ……っ!と緑の波がうねる。
だだっ広い草原。小さな白い花が揺れている。
その真ん中に立っているのは、かつての親友。
二年ぶりだな。てかお前なんでそんな若い姿なわけ?
知るか。お前こそあの頃の姿なのだよ。
真ちゃんにそう言われて自分の姿を見てみれば、確かに俺もかつての姿に戻っていた。
初めて真ちゃんに会った時の、あの頃の詰襟の姿。
真ちゃんの左手を見れば、きちんとテーピングが巻かれていた。
若返ったからまたバスケをするつもりなのかと笑う。
「高尾」
「ん?」
「あの時の詩を、覚えているか」
詩……あの時、俺が高3の春先に書いたあの詩。
「覚えてるよ」
俺の決意を、全て詰め込んだんだから。
お前ならきっと何も言わなくてもわかってくれると、そう信じて、俺はあの詩を書き出した。
「続いていたのだよ」
「うん」
「どこまでも、続いていた」
真ちゃんが、その両手を広げた。
何も言わない。でもわかる。俺は黙って真ちゃんへと歩み寄る。
―――あぁ、やっと。
やっと……。
「真ちゃん……っ!!」
その腕の中に、飛び込める。
選んだ道に後悔はない。
愛した者達への思いに、嘘なんてない。
だけど、ホントはずっとこうしたかった。
こうできる日を、待ってたんだ。
「真ちゃん!真ちゃん……っ!」
「……高尾」
名もない花。
名前をつけることを、拒み続けた花。
小さな花はそれでも生き続けた。
時折吹くこの優しい風に泳ぎながら、いつか辿り着くその日まで、どこまでも続いて。
もう、いいだろうか。
この花に、名前をつけてやっても、いいだろうか。
「好きっ、好きだよ真ちゃん……っ!ずっと!……ずっとっ!!」
「あぁ。……俺もだ」
好きだったよ。たくさんの時間をかけても、枯れることなんてないほどに。
あの日、俺はこの恋を封じ込めると決めた。
真ちゃんの隣にいる為に、真ちゃんと共にある為に。
でもこの花はきっと、どこまでも続くだろうから。
だから、いつか二人が辿り着く終着地へと。この花が続いた時は―――その時は。
「好き……っ!」
小さな花に、名前をつけようと。
風に吹かれて、彼の色の波がうねる。
その中に揺れる恋の花は、きっと―――。
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